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未完のレース

北京五輪マラソン 土佐礼子さんが足を止めた奇跡の声 土佐礼子(2)

2019/4/24

北京五輪女子マラソンでは17キロ付近で先頭集団から遅れ始めた(右から2人目)=共同

マラソンランナー、土佐礼子(42)の持ち味は、たとえ離されても決して諦めず、粘って走りきることだった。独自のスタイルで好成績を残してきた彼女が現役時代の全15レースで唯一、棄権したのが北京五輪だ。どんなに遅くても走り続ける方が楽と考えるランナーが、どうして足を止めたのか。今回は北京五輪女子マラソンの陰で起きていた物語を描く。(前回は「女子マラソンの土佐礼子さん 五輪の棄権が残した痛み」

◇   ◇   ◇

土佐礼子は、アテネに続き2度目の出場をかなえた北京五輪(2008年)までマラソン11戦中優勝3回、2位3回、11戦全てで5位以内に入る圧倒的な安定感を誇るランナーだった。黄金時代を築いた日本の女子マラソン界にあってその調整力、メンタルの強さは他のランナーとは異なる魅力であり、棄権とはいわばもっとも縁遠い「計算できるランナー」でもあった。

■外反母趾の痛み、右足にも

北京五輪前、中国でのトレーニング中に、陸上を始めて以来長く付き合って来た左足の外反母趾(ぼし)をかばって、右足の同じ箇所に痛みが出始める。検査の結果、骨折など決定的なダメージはなく、医師の指示のもと、調整をしながらスタートラインにたどり着いた。痛み止めの薬を服用したが、走る体は十分に仕上がっていた。

土佐礼子が夫の村井啓一と一緒に書いた、北京までの4年計画のメモ(共同)

「少しくらい痛みがあっても、途中メダルが無理になったとしても、入賞する自信は十分にありました。今思うと、選手にとってアドレナリンの力は痛み止め以上なんですね」

痛恨の棄権から10年が経過し、土佐はそう話を続ける。

天安門のスタートから、いつものように先頭グループで積極的な走りを見せる。痛みのため少しずつ遅れ始め、17キロを過ぎついに集団から脱落した。

この時、夫の村井啓一は、厳戒な警備が敷かれた北京市内で、1人不慣れな地下鉄を乗り継ぎ、妻を追いかけていた。どの駅の、どの出口ならばコースで声を掛けられ、次のポイントはどの駅なのか。中国の威信をかけた警備では、国内レースのようにこうした詳細を把握し声援を送るのは不可能だ。メインスタジアム「鳥の巣」でゴールを迎えるためには、ハーフを前に追走を切り上げ先行する必要がある。しかし、現地でテレビ観戦していた知人から届いた「スタジアムに行かないほうがいい」との短いメッセージに緊急事態を悟り、すぐさま引き返した。

「自分がどこにいるのかも分からない状況でしたが、メールで棄権するかもしれないと分かりました。とにかくコースに出ようと、知らない駅から外に飛び出すと、礼子が、足を引きずり通過するのが見えたんです。ですから人をかき分け、背中に向かって力いっぱい叫びました」

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