曲作りのため仕事場まで往復20キロ歩くことも

iPhoneでも、録音や歌詞の入力はできますが、視覚的にちょっと物足りないというか。画面が小さすぎてクリエーティブな気分にならないんですよ。画面が大きい方がよりイマジネーションが広がるかなと思って、大きい方のiPad Proも購入しましたがカバンに入らなくて(笑)。ノート大のこのサイズが僕には丁度いいんですよね。

新作「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」は、スタートのアイデア出しから歌詞まで、ほぼこの1台で作りました。正直、出だしはかなりつまずきましたね。これまでずっと自分と対峙して、ストイックに内側を掘り下げ、深く傷つくような歌詞も書いてきました。前作「THE LAST」は特にそれが強い作品だったので、そこから抜け出すのは大変でしたね。

でも、あるときふと聴いてくれる誰かを想い浮かべた。それは今までになかったことで、「作り手が疲れる曲はきっと聴く方も疲れるんだろうな」と思ったんです。仕事終わりに疲れた帰り道で聴くのは、内側をえぐられるようなものじゃなく、もう少し寄り添う曲でいいのかなと。そこから、「電車の中で聴いたらどう感じるだろう」ってイメージが湧いて、「スターマイン」という曲が生まれました。この曲が流れる3分間だけ、花火が夜空に上がる(幻想的な)その世界に連れて行ってもらえるような曲になったと思います。アルバムに収録されている「遠い夜明け」も、そんな頑張って働く人に向けた曲ですね。

今回は聴く人に寄り添うような曲を作りました

アルバムタイトル「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」は、これまで気取った英単語のタイトルが多かったのですが、ありがたいことに好意的な反響をたくさんいただいています。

面白いもので、もしこれが安直に「働きたくない」だったら、そこまで共感は得られなかったんじゃないかなと。ただの中二病みたいな、自堕落な人間に見えちゃうから(笑)。でも、「労働なんかしないで」からは、働かなきゃならない現実を知って、ちゃんと理解していることが伝わる。だから、せめて光合成で生きていけないものだろうかというオチが映える(笑)。「実際には働いてるんだけどね」が隠れてるのがミソなんです。

この曲には「ソシャゲ」のような時代感が強いワードも入ってますが、言葉にははやり廃りがあり廃れちゃうならそれでいいと僕は思ってるんです。デビューした当時はiPadもなく、ガラケーが主体。かつて「ケータイをパタンと閉じて」と書いたとしたら、それはガラケーを指していた。けど、昨今は二つ折りスマホが出てきたから、最新型のスマホを指す表現になるかもしれない。そんなめまぐるしくツールが変わる時代に、エバーグリーンな歌詞を書くのはシンガーソングライターとして無理だなって。僕は結構時代に対して開き直りはあるから、あえて時代の言葉は入れるようにしています。

キャリアを重ねてくると、「気づかない」才能も重要だなと感じるようになりました。これまで180曲くらい世に送り出してきましたが、「あの曲のコード進行に似てる」と気付いた時点で自分に飽きて、創る意欲を削がれる。僕は曲を作れても譜面が読めないから、すぐに気づけないことが今となっては幸運でしたね。もし仮に、似たようなパターンの曲であっても、気づかなければ友達やスタッフ、ファンに対して「めっちゃいい曲ができたんだよね」って生き生きした目で言えるんです。それは僕の曲作りにはすごく大事なこと。自分が「いい曲」と信じられる曲を、iPadを相棒にこれからも作り発信し続けたいですね。

自分が「いい曲」と信じられる曲を、iPadを相棒にこれからも作り発信し続けたいですね
スガシカオ
 1966年生まれ、東京都出身。サラリーマンを経て、1997年にシングル「ヒットチャートを駆け抜けろ」でデビュー。19年1月期ドラマ「よつば銀行 原島浩美がモノ申す!~この女に賭けろ~」の主題歌「遠い夜明け」を担当し、ドラマにもゲスト出演した。同曲を含む11thアルバム「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」を4月17日にリリース。4月27日、神奈川県厚木市文化会館を皮切りに全国13都市を巡る「SUGA SHIKAO HALL TOUR 2019」がスタートする。

(文 橘川有子、写真 藤本和史)