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火災前のノートルダム ナショジオの写真で振り返る

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/4/21

ナショナルジオグラフィック日本版

1920年代のノートルダム大聖堂。セーヌ川のほとりににあり、何世紀もの間、パリの象徴であり続けた。2019年4月15日夜に火災が発生し、一部の建物が修復不可能なほどに焼けてしまった(Photograph by Crete, Nat Geo Image Collection)

2019年4月15日夜、仏パリを代表するノートルダム大聖堂から観光客が立ち去ってほどなく、有名な尖塔付近から煙が出始め、パリの真ん中にたたずむ中世の名建築はたちまち火に包まれた。ナショジオのアーカイブ写真で、人々に愛された火災前の姿を振り返ってみたい。

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ナショナル ジオグラフィックは1915年から、この世界的に有名な建築物を写真に収めてきた。以後、800周年記念のときや、ゴシック建築の詳しい解説も含めて、大聖堂のさまざまな写真が誌面を飾ってきた。

木造部分の多くが火災の被害にあった(PHOTOGRAPH BY CRETE, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

尖塔はすでに崩落し、木造の内装の多くが燃えた。最終的に、被害がどのぐらいまで及ぶのかは、まだわからない。火事の数日前、数億円規模の改修工事の一環として、大聖堂を囲む銅製の構造物16個が移動されていた。900年近くの歴史を誇り、年間1300万人を魅了する世界の遺産は改修工事中だった。

パリの真ん中にあるノートルダム大聖堂は、世界で最も多くの観光客が訪れる場所のひとつ。来訪者は1日約3万人(PHOTOGRAPH BY U.S. ARMY AIR SERVICE, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

「中世の暗黒時代の終わりを祝うように、人々の手と寄付、そして何より心がノートルダム大聖堂を作りあげた」。1968年の「ナショナル ジオグラフィック」誌にはこう書かれている。「時代の状況によって、パリは大聖堂を敬愛し、無視し、傷つけ汚し、改修し尊重してきた。ノートルダム大聖堂は教会として、楽しい場所として、芸術作品として生き続けている」

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