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ドラえもんは作れる 若き異才が崩す人とロボットの壁 ドラえもん研究者 大澤正彦さん

2019/4/17

お気に入りの姿勢でパソコンに向き合う

当時のことを大澤さんは楽しげに語る。「だって、慶応の子たちとカラオケに行くと、僕らと全然違うんですよ。RADWIMPSって何だ?という感じ。僕らアニソンしか歌ってませんでしたけどって」。「全くイメージが真逆の大学の子たちに、僕らがどのように映っているのか考え込んでしまいました」

大澤青年の中で何かがはじけた。

当初思い描いていたのは、研究室にこもり、身なりにも気を使わずにひたすら研究をする生活。しかし、「そうやって作ったものを『はい、ドラえもんだよ』と差し出されても、あの慶応の子たちは不気味だと思うんじゃないでしょうかね」。自分が世間の価値観からずれていることを自覚した大澤さんは、高校までの自分のよりどころだった技術やテクノロジーを、4年生になるまでの3年間封印するという荒療治に出た。

「普通の人の感覚を今学ばなかったら、みんなに認めてもらえるドラえもんが作れないという思い。ドラえもんには、作る人のパーソナリティーや背景、ストーリーが大きく反映されるはずですから」

■テクノロジーを封印、普通の大学生活をあえて送る

自分で決めたとはいえ、苦しい選択だった。高校の同級生はハッカーの世界大会に出たり、着々と今まで自分も所属していた世界で階段を上っていく。高校の教師からも「君はいったい何をやっているんだ」と問い詰められたこともあった。

その代わりに大澤さんは、2つのことに没頭した。一つが児童ボランティア。得意の工作を披露すると「神のように扱われた」と笑う。もう一つが食品販売のアルバイト。気づくと、圧倒的な売り上げナンバーワンの売り子になっていた。

子どもと関わっているときや販売のアルバイトのときに、研究のことは考えなかった。しかし、「今思うと、全てつながっている」。例えば、子どもの成長過程は、知能というものが育つ過程そのものだ。また、商品を買うか買わないかは、人の意思決定についての最良のサンプルだった。人工知能の研究とはすなわち人の研究であり、あらゆる体験が生きてくるといい、「とにかく人と関わることがうまくなった」。

そして3年が過ぎた。研究に対する欲求はピークに達しており、はち切れんばかり。4年生。人工知能の研究室に照準を定め、「爆発するかのように」研究を開始した。短期間で関係する論文を一気に読み込み、5月から6月ごろには研究成果を発表。それがIEEE(アイトリプルイー)という学会の日本支部で最年少の21歳でヤングリサーチャーアワードを獲得した。快挙だった。「我慢して我慢して、研究を始めた瞬間、全部がパーッとつながった」。学部を首席で終え、大学院への進学も決め、ようやく「ドラえもんを作る」と堂々と宣言できるようになった。

ひっきりなしに講演依頼がある

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