言い訳しないと学んだ広島学院 景気予測の達人新家氏新家義貴・第一生命経済研究所主席エコノミストが語る(上)

他の私立中学も受けましたが、第一志望の広島学院に受かったので、広島学院に行くことにしました。

広島学院は変わった学校だった。

「先生たちはどんな面倒な質問にも丁寧に答えてくれた」と振り返る

広島学院は、いろいろと変わった学校だったと思います。カトリック系で、当時の校長先生はロバート・ラッシュという名前の神父さん。各学年にも2、3人ずつ外国人の先生がいて、クラスによっては担任も外国人でした。

笑い話ですが、外国人の先生が担任になるかもしれないと知った私の母親は、もしそうなったら三者面談の時に英語を話さないといけないかもしれないと真面目に心配していました。でも、外国人の先生たちはみんな日本語がペラペラ。校長先生も毎週、日本語で朝礼をしていました。

カトリック系ですが宗教色は薄く、礼拝はありましたが、強制ではないので私は一度も出たことがありません。同級生にはお寺の息子もいました。

先生たちはみんなやさしくて、職員室に質問に行くと、どんな面倒な質問にも丁寧に答えてくれました。また、生徒を子ども扱いせず、対等に接してくれました。私も今、仕事柄、いろいろな質問を受けることがよくありますが、自分がそういう立場になって初めて、どんな質問にも嫌な顔をせず真摯に対応してくれた広島学院の先生たちの素晴らしさがわかります。

どの先生も授業は熱心ですが、けっして生徒に勉強を強制する雰囲気はありませんでした。自由で寛容、そんな雰囲気の学校でした。

でも、一般的なカトリック系のイメージとはかけ離れた一面もありました。広島学院には名物の「中間体操」というのがあります。2時限と3時限の間にちょっと長めの休み時間があり、中1から高3まで全校生徒が校庭に出て、上半身裸で10分ぐらい、音楽に合わせて体操をします。

おそらく心身の鍛練が目的なのでしょうが、みんなやりたくないので、いつも雨乞いしていました。何らかの理由で参加できない時は、事前に申請しないと休ませてもらえない。雨天は中止ですが、雪の時は決行でした。真冬に上半身裸ですから、みんな凍えていました。とにかく、中間体操は寒かったという印象しかありません。でも、卒業生が集まると必ず中間体操の話に花が咲きます。