東京五輪を目指して世界中のアスリートが切磋琢磨(せっさたくま)している中、日本で練習に励む海外選手もいる。競技環境が十分でない発展途上国の選手たちだ。国際オリンピック委員会(IOC)と日本オリンピック委員会(JOC)の共同支援の下、家族らと離れる寂しさを抱えながらTOKYO2020の夢を追いかけている。
昨年カタールで行われた体操の世界選手権で、身長150センチ足らずの小さな若者が世界を驚かせた。男子の種目別床運動で銅メダルを獲得したカルロス・ユーロ(19、フィリピン)。五輪、世界選手権を通じて体操競技で同国の選手が表彰台に立つのは初めての快挙だった。
日本人コーチと二人三脚
ユーロが真っ先にメダルを見せたのが、日本人コーチの釘宮宗大さんだ。同氏を頼って16年に来日、現在は東京・世田谷の朝日生命体育館を借りながら二人三脚で練習に励む。「日本に来ていなかったら、メダルも絶対になかった」とユーロは環境に感謝する。
13年から首都マニラでフィリピン代表チームを指導していた釘宮さんの目に留まったのが始まりだった。「まだジュニアだったけど、教え始めて1年半くらいで全6種目がさまになった。これはすごいなと思った」。16年春に帰国が決まっていた釘宮さんは「一緒に日本に来るか?」とユーロをそれとなく誘った。

「もっと体操がうまくなりたかったから、迷いはなかった。お母さんには2週間くらい反対されたけど」とユーロ。体操が盛んではないフィリピンの体育館は狭く、冷房設備もない館内はまるで蒸し風呂。指導者もレベル、数とも十分でなく、日本行きは願ってもないチャンスだった。
ただ、両親と自分を含めた4人きょうだいの家庭は貧しく、とても日本での学費や生活費は工面できない。当初は釘宮氏とフィリピン体操協会が手当てしたが、その後に大きな支援を得る。IOCとJOCが共同で発展途上国の選手を支援するプログラムだ。年間300万円の援助を受けるユーロは現在、帝京大で日本語を学びながら心置きなく体操に打ち込めている。
シャイな性格で口数は多くない。来日当初は釘宮さんの実家で部屋に閉じこもる日々が続いたという。「1日の中で言葉を口にするのは、コンビニのレジで『ハロー』の一言だけという日もあった」。だが、ひとたびポディウム(演技舞台)に上がると見違えるように躍動した。得意の床運動では、世界でも白井健三くらいしかやっていない「後方伸身宙返り2回半ひねり~前方伸身宙返り2回半ひねり」の連続技で高得点をたたき出す。
賞金で家族の生活を助ける
国際大会の賞金などで家族の生活も助けられるようになった。世界選手権のメダル獲得ではフィリピン協会から25万ペソ(約54万円)の報奨金も出た。両親とお金を出し合って、新しい家を買ったという。
東京五輪はもはや夢物語ではなく現実的な目標だ。「まだミスが多いので、もっと練習しないといけない」とユーロ。同じ屋根の下で寝食も共にする釘宮氏の厳しい指導の下、日本語も体操も一歩ずつ前に進んでいる。
(山口大介)