ずっと食べられる「無限レシピ」 塩加減には注意して
魅惑のソルトワールド(28)
2017年に大ブームを巻き起こした「無限ピーマン」という料理をご存じだろうか。16年ごろからツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどの交流サイト(SNS)に投稿され始め、じわじわと広がった後、大手レシピサイトなどにも多数投稿されてブレークしたレシピである。
このメニュー名につけられている「無限」は「おかずそのものがいつまでも食べ続けられるほどおいしい」または「ごはんが何杯でも食べられるほどおいしいおかず」という2つの意味があるようだ。
レシピそのものは材料も調理法も非常にシンプルだ。使われる材料はピーマンに留まらず、トマト、キャベツ、セロリ、キュウリ、ニンジン、モヤシ、レンコン、ナス、ハクサイ、ブロッコリー、カボチャ、ホウレンソウなど、ありとあらゆる野菜のほか、キノコ類やワカメなどの海藻類、厚揚げや豆腐など大豆製品に至るまで多岐に派生している。現在でもレシピサイトに多く投稿されて人気を博しており、17年には本も出版された。
この無限レシピを調べていくと、ある共通点に突き当たる。それは、「無限●●」という名前がついているレシピのほとんどが「塩分と油分(または脂肪分)とうまみ(または甘味)の組み合わせ」であることだ。そして、調理の材料は少なく、調理工程も非常にシンプルであること、この2点である。
例えば、ブームのきっかけとなった「無限ピーマン」の作り方は、ツナ缶1缶に、ピーマン3個、そこに鶏ガラスープの素と塩、ブラックペッパーを少々入れて、ごま油大さじ1程度を加えて混ぜて、電子レンジで2分ほど加熱し、最後にいり白ゴマを混ぜるだけだ。なんとシンプルなのだろうか。「材料を食べやすい大きさに切って、ツナ缶と油と塩と混ぜて電子レンジで加熱するだけ」という手軽さなのである。材料も特別なものではなく、大体家庭に常備されているような一般的なものである。そして、その組み合わせは、「ツナ缶=塩分、油分、うまみ」、「塩=塩分」「ごま油=油分」「鶏ガラスープ=塩分、うまみ」であり、要約すると「塩分、油分、うまみ」なのである。また、多くの「無限●●」のレシピでごま油が多用されているところを見ると、香りをプラスするというのも一つの要素であると言える。
この単純な組み合わせがなぜこれほどまでに受けたのか。第一に、材料が比較的安価にいつでも手に入るものだからということがある。そして第二に、調理は電子レンジでの加熱がメインで、非常に簡単でスピーディーにできるという点だ。しかしそういった「簡単でスピーディー」という物理的なメリットよりも、その「味」に秘密があるのではないだろうか。そのメカニズムは下記の通りである。
まず、糖分や脂質(油分)はエネルギー源である。現代社会では過剰なエネルギー摂取が問題になっているが、人間の生きてきた長い歴史の中では、食料の少ない時代のほうが圧倒的に長かったため、人間は本能的にエネルギー源となるものを求めるようにできている。だからこそ、エネルギー源となる糖分や脂質の摂取を「快感」と感じるように進化してきたのだ。
糖分や脂質を摂取すると、本能的に幸せを感じる仕組みが人体にはあるようだ。おいしいと感じるほど幸福感を感じる物質が分泌され、脳内の「報酬系」と呼ばれる領域が刺激されるという。「糖分や脂質を摂取すると幸せを感じられる」という期待が生じた際に、報酬系がドーパミンを分泌されて「もっと食べる」という行動が促進されるようだ。
そして塩は人間が生命を維持するためには欠かせないミネラルの塊である。塩は体内の新陳代謝などの基礎機能を担っている。人間は適度な塩分が体内にあって初めて、細胞が正常に活動することができるのだ。体内では塩分に代替する成分を作りだすことができない上、それをためておくこともできない。そこで、人は本能的に適度な塩味をおいしいと感じるようにできているという。
人間が本能的に求める生理的なおいしさが詰まっていること。それがこの「無限●●」が広く受け入れられた理由なのであろう。
「いくら『無限』と言っても、ピーマンはあんまり好きじゃない」という人も、安心してほしい。上の写真を見てほしい。メインの食材はニンジン、納豆、ワケギ、ニンニク、塩麹(こうじ)と多岐に渡っている。前述した通り「糖分、油分、塩分、うまみの要素をすべて入れている」「香りの強いものを入れる」というポイントを外さなければ、メインとなる材料は比較的どんなものでもおいしく仕上がるのだ。
「無限●●」の幅を広げていく上でいくつか注意点がある。まず、メインの素材が加熱しないと食べられないものだった場合や、加熱したほうがおいしいものの場合は電子レンジで加熱をするのを忘れないでほしい。電子レンジがない場合はフライパンでいためる、軽く煮るなどでも良い。素材の味をまずしっかり引き出してあげることが重要だ。メインの素材が生でもおいしく食べられるものの場合はそのままで大丈夫である。ニンニクに関しては、生のままで大量に摂取すると胃を刺激して傷める可能性があるので、できる限り加熱するようにしてほしい。
糖分は上白糖でもグラニュー糖でも黒糖でもはちみつでも、甘味がしっかりしていればOKだ。ただし、あまり入れすぎると味が甘ったるくのっぺりとしてしまうので、あくまでも隠し味程度に加えるようにしたい。
うまみの要素としては、家庭によく常備してあるもので言うと、鶏ガラスープの素、コンソメの素、だしの素、ツナ缶、昆布、かつおぶしなどが挙げられるだろう。実はトマトにもグルタミン酸が多く含まれているので、トマト缶を使うのも一興だ。
油分に関して言うと、「無限●●」のレシピは香りの要素を上乗せするためか、ごま油を使用したものが多いのだが、別にサラダ油でもオリーブオイルでもなたね油でもバターでも、何でも構わない。香りの要素を上乗せしたい場合は、ニラ、ニンニク、ハーブなどを使用すると良いだろう。
最後に塩分だが、塩の代わりにしょうゆや味噌、塩麹、梅干しなどの塩分を多く含むものに変更したり、併用したりしても良い。気を付けてほしいのは、ツナ缶や鶏ガラスープの素など、他の材料にも塩分が含まれていることが多いので、塩味に関してはできるだけ最後に調整するのが賢明だろう。
「糖分、油分、塩分、うまみ+香り」の組み合わせを守れば、「無限●●」の広がりはその名の通り無限である。ぜひ自分オリジナルの「無限レシピ」にチャレンジしてみてはいかがだろうか。
(一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事 青山志穂)
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