地方の観光元気に リクルート辞め40歳で起業の訳
「今、転職や起業を考えている」という40・50代の働く女性は、38%(日経ARIA編集部調べ※)に上ります。安定も、それなりの地位もあるのに、それでも新しい一歩を踏み出す人は、何をてんびんに掛けて、何が決め手に起業の道を選んだのか――。話を伺ったのは、インバウンドと地域の観光をつなぐビジネスを展開するWAmazing(ワメイジング)の加藤史子さん。リクルートに18年間在籍し、次々と新規事業を立ち上げてきた彼女が、なぜ40歳の時に会社を飛び出したのでしょうか。
「40・50代の働く女性のワークライフ意識調査2019」は、フルタイムで働く35~59歳の女性に対して、2018年12月21日~2019年2月19日までWeb上で実施。2331人から回答を得た。うち30代は3.1%、40代は53.1%、50代は43.8%。
起業を決断するまで、1年以上迷い続けた
加藤史子さんは起業前、リクルートで「じゃらんnet」や「ホットペッパーグルメ」などの新規事業を開発。その後も、観光で地域を活性する「じゃらんリサーチセンター」で、若者をスキー場にフリーミアム(基本無料)のビジネスモデルで誘う「雪マジ!19」を立ち上げるなど、活躍していました。
2016年、40歳になった加藤さんは、「地方の観光産業を元気にしたい」との思いからWAmazingを起業します。WAmazingが展開するのは、訪日外国人旅行者(インバウンド)をターゲットにしたビジネス。外国人旅行者は事前に同社のアプリをダウンロードし、旅程や個人情報を登録すると、到着した日本の空港内に設置してある専用機で一定量無料のSIMカードを入手できます。
旅行者はアプリを利用して、国内1万件以上の宿泊施設やアクティビティー、交通機関などのサービスの予約・購入が可能。WAmazingは旅行者がアプリから予約・決済したサービスの手数料と、追加のデータ通信料を主な収入源とします。社会からの注目度は高く、起業後すぐに資本金10億円を集め、創業から2年半を経過した現在、さらに10億円を超える資金調達を見込んでいるといいます。
大企業の中で次々と新規事業を成功させ、ビジネスキャリアを積み重ねていた加藤さんが、なぜ起業に踏み切り、起業に際して何に1年以上悩んだのか。起業にまつわる質問をぶつけてみました。
Q なぜ、起業したのですか?
――新卒で入った会社で40歳近くまで勤め上げ、新規事業もいろいろと経験し、国や県の有識者委員も務め、充実したキャリアに見えますが、会社を辞めたくなる理由があったのでしょうか?
加藤史子さん(以下、敬称略) リクルートは起業や転職をする人が多い会社として有名で、社内にも組織の新陳代謝を促す仕組みがあり、定年まで勤め上げる人はわずかです。それでも私はリクルートが大好きで、ずっと会社員のままでもいいと思っていました。
しかし、観光で地方を活性化する事業を手掛けるうちに、外資に押され気味な日本の観光事業者や地域の観光資源を正しいポジションに戻したい、そのために、個人の旅行者とは単体で出会いにくい観光事業者を後押しする仕組みをビジネスにしたい、と思うようになりました。そうした新規事業を会社で行うことも考えましたが、会社にいたままでは実現できないと分かったのです。
――なぜ、やりたい事業は起業しないと実現できなかったのでしょうか?
加藤 一番は、経営資源の調達問題です。一般的には「ヒト・モノ・カネ」と言われますが、WAmazingはITサービス業なので主には「ヒト・カネ」です。カネの面で言うと、WAmazingが実現したいビジョンや事業スキームを考えると、当面の予算としても「10億円」程度は必要になるなという感覚がありました。しかも、プラットフォームサービスというのは金食い虫で10億円は1回限りでは終わらないのです。大企業というのは資金力豊富ですが、同時に、複数の事業を行っているので、観光事業のみに資金配分されるわけではありません。当時の状況では社内で10億円の決裁を取ることは難しいと思われました。
Q 起業しないと得られないと考えたものは?
加藤 事業を動かすための優秀な人材の確保も、社内では難しかった。会社が経営リソースの最適配分を考えたとき、海のものとも山のものとも分からない新規事業にではなく、確実に利益が見込める既存の大型事業に人材を配置するからです。
一方、社外に目を向けると、そこはスタートアップブームとも言える状況が起こりつつありました。独立系ベンチャーキャピタルやコーポレートベンチャーキャピタルなど、事業規模を拡大するための資金を持つ投資家がたくさんいて、そこから十分な「カネ」を得られる可能性がある。もちろん、起業すれば「ヒト」も自由に採用できます。だったら、その可能性に賭けてみたい、と思いました。
「起業を考えた2017年ごろ、スタートアップに流れ込む資金の量は増えつつありました」
加藤 起業にもいろいろとあります。自分が選んだ起業スタイルは、市場をこれから開拓し、短期間に急成長する必要があるスタートアップ。例えるなら、赤ちゃんに大リーグ養成ギプスをはめて3年で20歳の体力にさせようとするようなもの。だからこそ、スタートアップには、豊富な資金や優秀な人材といった経営資源の集中投下が不可欠なのです。
資金も人材も、起業に必要なものは社外にそろっていると分かりましたが、結局、起業を決断するまでに1年間以上は自問自答を続けました。起業に対する覚悟のほどを、自分自身で見極めるためにはある程度の時間が必要だったのです。楽な道ではないことは分かっていましたから。
Q 「起業すると失う」と考えたものは?
――人材や外部調達など、起業しないと得られないものがある一方で、起業すると失うものもあり、両者をてんびんに掛けたのでは、と想像します。起業で失うと考えたものは何ですか?
加藤 起業を検討している時には、「会社の看板」を失うと思いました。それにより、社会的な信頼度が低下したり、ビジネスの相手に与える最初の印象が悪くなったりするのでは、と心配したのです。でも、実際に起業してみて分かったのは、私の場合は「恐れることは何もなかった」ということです。
「起業を考えた時は、リクルートという大企業の看板で仕事ができていると思っていたので、それがなくなることへの恐れがありました」
加藤 実際に初めてWAmazingの名刺で名刺交換する時には、怖くて、恥ずかしくて、足が震えました。リクルートという大企業の看板で仕事ができていると思っていたんですね。しかし、創業後2週間ほどでお会いした成田国際空港の役員と担当者の方は、熱心に私の話を聞いてくれました。当時、資本金300万円、オフィスはマンションの1室、スタッフは共同創業者のみで社員はゼロ、あるのは企画書と構想だけ、という状況にもかかわらず、です。
この経験は、「仕事は大企業の看板でするのではない。私たちは、自分たちのビジョンや創りたい世界を語って賛同者を集める旅に、既に出発したのだ」と改めて気付かせてくれました。その時にお目にかかった方々へのご恩は、一生忘れないと思います。
大企業で得られるものは、もう十分もらった
――大企業を離れたことに後悔は?
加藤 全くありません。新卒から18年間一つの会社にお世話になり、ビジネスモデルの考え方、仕事の進め方、競争優位のつくり方、チームで協力する大切さ、大企業の看板で仕掛ける面白い挑戦、大きな予算や思い切った投資など、大企業で得られることは十分にいただきました。良き理解者だった上司の方々や、忌憚(きたん)なく意見してくれる部下にも恵まれました。尊敬できる企業風土があり大好きな会社ですが、戻りたいとは思いませんし、独立にも、起業にも、後悔はありません。
WAmazing代表取締役社長CEO。1976年生まれ。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、98年にリクルートに入社。「じゃらんnet」、「ホットペッパーグルメ」の立ち上げなど、主にネットの新規事業開発を担当後、観光による地域活性を行う「じゃらんリサーチセンター」で、「雪マジ!19」などフリーミアム事業を展開。国や県の観光関連有識者委員や、講演、研究活動を行う。2016年7月、「日本中を楽しみ尽くす、Amazingな人生に」をビジョンとするWAmazingを創業。19年、Morning Pitch Special Edition 2019 最優秀賞受賞。
(取材・文 武田京子、写真 洞澤佐智子、構成 大屋奈緒子=日経ARIA編集部)
[日経ARIA2019年3月4日付の掲載記事を基に再構成]
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