個人を評価し初任給もバラバラ メルカリ流人材活用術
小泉文明社長兼COO(下)
フリーマーケットアプリ運営のメルカリは社員の格付け制度を廃止し、「ノーレーティング」という人事制度を導入した。一人ひとりの仕事に対する評価を給与に反映しているという。また、社内の組織をフラットにし、権限を委譲するため情報は可能な限り、社員が共有できるようにしているそうだ。小泉文明社長にその狙いを聞いた。
若くて優秀な人材ほど「辛抱たまらん」という状況
白河 前回、2つの評価軸で人事評価するとお聞きしました。評価そのものはどのような手順で決めていくのですか?
小泉 業務が近い部門のマネジャーが集まって、メンバー一人ひとりの仕事について直属のマネジャーがプレゼンをして、周囲のマネジャーからも客観的意見を集めて擦り合わせていきます。「この人の仕事のクオリティーは、そこまで『Go Bold(大胆にやろう、会社の行動指針の一つ)』と言えるだろうか?」と指摘をしあったりして、複数の目でチェックしていく。すごく手間はかかりますし、ハッキリ言って、一律の昇給率を決めてレーティングするほうがラクですよ。それでも僕らとしては、一人ひとりときちんと向き合うべきだという思いが強いですし、それがマネジャーの本来の役割だろうと考えています。良くも悪くも話題になりましたが、新入社員でさえ給与がバラバラの会社なので。
白河 新入社員の給与は話題になりましたね。やはりかなりバラツキがあるのですか?
小泉 パフォーマンスを発揮できる時期には個人差があるというのが大前提です。中学生の頃からプログラミングをやっていて即戦力になる学生もいれば、大器晩成型もいる。後者の場合でも、僕らはポテンシャルがあると判断して採用しているわけなので、入社後にぐんと伸びる可能性は十分にある。入社時の給与の差が3年後に逆転していることだってあり得ます。
白河 逆にへたしたら10年くらい変わらないこともあるのですか。
小泉 僕からすると、能力を差別化できるほどの難しい仕事を与えないのはマネジメントの怠慢だと思います。一人ひとりにしっかり向き合えば、「この人の能力を開花させるには、どんな仕事を与えたらいいだろう?」という視点に立てるはずですし、いくらでも能力は伸ばせます。昔は社員も長期安定雇用を望んでレーティングに甘んじていたのだと思いますが、今は若くて優秀な人材ほど「辛抱たまらん」という状況だと思います。
白河 優秀な人材獲得のためにも、手間はかかっても一人ひとりと向き合う評価を重んじる。育成する役職者に対する評価はどうしているのでしょう?
小泉 うちはそもそも「役職給」というものがないです。役職はただのポジションにすぎず、いわば、メンバーをアサインできる権限という「クーポン」を獲得するようなもの。そのクーポンを使ってチームとしてのパフォーマンスを上げれば、その分だけ給料に反映されるというシステムです。役職がついた時点で給料が5万円アップというのはナンセンスで、役職クーポンが10万円に化けるか20万円に化けるかは本人次第という考え方です。僕らの組織ではマネジャーという役職そのものを崇拝する文化はなくて、結構カジュアルに「マネジャーやってみたら」とチャレンジさせる雰囲気です。
白河 「俺はマネジャーよりプレーヤーでいたいんだ」というタイプの人には?
小泉 どちらのコースも選べるようにしています。レーティングに変わる給料決定のベースには「グレード」があって、会社に対してどれほどのインパクトを与えられたかというレベルを5段階で評価しています。インパクトを与える方法は一つではなく、マネジャーとして人をマネジメントして結果を出す人もいれば、スーパーエンジニアやスーパープロデューサー、あるいはスーパーリーガルといった専門性で会社にインパクトを与える人もいる。マネジャーとプレーヤー、どちらが優位に立つのでなく、どちらも同じくグレードで評価します。途中でコース変更もOK。マネジャーかプレーヤーかという選択は手段でしかなく、大事なのはどれだけのインパクトを生み出せるか。その主従は明確です。
情報の入手は全社員がフェアに
白河 聞けば聞くほど、手間はかかっても納得感を得やすい人事制度ですね。この時代にあって、人材に困っていないという印象ですが……。
小泉 成長のためにはまだまだ足りていませんね。僕らのような企業にとって、人材は競争の源泉。エンジニアだけでなく、すべての職種が重要です。
白河 組織の意思決定の形式についても伺わせてください。これだけスピーディーに成長して18年には上場もされていますが、フラットで風通しが良さそうな印象はあまり変わらないですよね。社内の情報共有や意思決定はどのようになさっているのですか?
小泉 フラットな組織でありたいという思いは昔から変わらないです。意思決定もできるだけ現場でどんどん進められるようにしています。
白河 ということは、かなり権限委譲もしている?
小泉 権限委譲とは何か?を突き詰めると、「情報のフェアな流動性」ではないかと思うんです。僕らの社内コミュニケーションはビジネスチャットツールの「Slack(スラック)」をベースにほとんどの業務が進んでいて、そこでのやりとりはオープンに誰でも見られるようになっています。もちろん、経営の機密にかかわる情報には鍵がかかりますが、それ以外はどのチャンネルも誰でも出入り自由。僕と山田(進太郎会長)のやりとりもオープンで、社員からコメントが付くこともありますね。
白河 すごい。トップのやり取りに社員が入ることも自由なんですね。
小泉 社員間でダイレクトのメールは禁止していて、固定電話に至っては設置すらしていません。1対1のクローズドなやりとりでは、ノウハウが社内共有されないからです。問題発生から解決までのプロセスをオープンにすることで、それは誰もが生かせる財産となり、「All for One(全ては成功のために)」の精神にのっとってヘルプの手が集まるきっかけにもなります。
白河 逆に、その膨大な情報量を消化して生かす能力が問われそうですね。おいていかれる!という方はいないのでしょうか?
小泉 おっしゃるとおりで、自分の仕事のパフォーマンスを上げるために有益な情報を探し出して取捨選択し、情報をもとにアクションにつながるアウトプット力が非常に問われます。「1日Slackを眺めて終わった」ような無生産な状況にも陥ってしまってはダメで(笑)。アウトプットのための情報活用だという順序は忘れないでね、ということは繰り返し伝えています。
白河 膨大な情報を社内で共有する一番のメリットは何ですか?
小泉 現場で意思決定するための材料をたくさん集められること。しかも、社内のあらゆる部門の情報を取れることで、より精度の高い意思決定をしやすくなることです。
経営者やリーダーの不満として、「メンバーも自分と同じように組織のことを考えてほしいのに、そうならない」という声がよく聞かれますが、それは情報のアクセス権に差があるからです。持っている情報量が全然違うのに、同じように考えろというのは無理な話。うちは極端に言えば、僕と社員が持っている情報がほぼ同じという場面も多々あるくらい。
社内の情報のアクセス権をできるだけオープンにすることで、メンバーであっても複合的な情報源から判断できるようになり、サービスの展開やローンチの速度を上げる効果にもつながっています。
会議の効率化も、情報共有のメリットですね。報告のための会議は不要になりますし、本当に顔を合わせて相談すべき事項を本当に必要なメンバーだけで開催する形になります。
顔を合わせることはやはり大事
白河 「俺は聞いていない」防止のための会議は必要ないのですね。社内のコミュニケーションはSlack上でほぼ完結しますか?
小泉 日々の業務はほぼ回りますね。インターネット環境さえあれば、どこでも仕事ができる環境にはなっています。ただし、だからといってリモートワークをものすごく推奨しているかというとそうではなく、むしろフェース・ツー・フェースのコミュニケーションを重視しています。
リモートワークは可能ですが、マネジャーの承認を必要とするルールにしていて、正午~午後4時のコアタイムには出社することを原則に。やはり顔を合わせてチーム全体の雰囲気を感じ取ることが、「All for One」のアクションにもつながるはずなので。
白河 会社の目指す「バリュー」を実現できる環境づくりを徹底しているのですね。目指すのは、一人ひとりが力を発揮して助け合いを育むような組織。この方向性は世界的な潮流でもあると感じます。これもインターネットサービスのような創造性が競争力になる産業で稼ぐ時代になってきたからでしょうか。
小泉 大きいと思います。従来の大量生産・大量消費型の産業中心の社会であれば、ある程度決められた規範にのっとって行動することが奨励されてきたのだと思いますが、今は個人の力を生かして稼ぐ時代です。会社は個人とフェアでオープンな関係性を築いて、組織としての魅力を磨き続けなければ生き残れない。勝つために欠かせない競争戦略だと思います。
白河 組織を磨く……重い言葉です。これから新たに取り組もうとしていることはありますか。
小泉 引き続き、優秀で多様な人材に来ていただくための魅力磨きを続けることと並行して、入ってきてくれた人たちがさらなる活躍ができる環境整備を強化していきたいですね。中で働く人たちの成長変化率を高めて、「メルカリに入ると能力が発揮できるし、さらに伸びるね」と評価が集まるような会社を目指します。
あとがき:ユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)からスピード上場を果たしたメルカリ。昭和レガシー企業が今やっている働き方改革は「人材獲得競争力」のためでもあります。ではどんな組織になるべきなのか? その目指すところのヒントが、メルカリにあるのではと訪ねてみました。人口ボーナス期の人事管理は「仕事中心」で、仕事という箱の中に人材を押し込め規格化して効率よく管理する時代でした。そこから、いかに人を「ありのまま」に「のびのび」とパフォーマンスを発揮させるか、「人中心」の時代に移ってきていると感じていますが、今回はそれを確信できました。旧世代のベンチャー経営者と違うのは「家族が先」と言い切ること。また「フラット」な組織を「情報共有」で実現させようとしていること。小泉社長の話す速度も速くて、生産性も高く、もうかっている企業の最前線を感じる取材でした。
少子化ジャーナリスト・作家。相模女子大客員教授。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員。東京生まれ、慶応義塾大学卒。著書に「『婚活』時代」(共著)、「妊活バイブル」(共著)、「『産む』と『働く』の教科書」(共著)など。「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプラン講座」を大学等で行っている。最新刊は「御社の働き方改革、ここが間違ってます!残業削減で伸びるすごい会社」(PHP新書)。
(ライター 宮本恵理子)
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