がん患者の就活、自ら病状伝えなくてよい場合もある?
がんになっても働き続けたい~改發厚さん(下)
ある日、がんになったら、今まで続けてきた仕事はどうすべきか――。今、がん患者の3人に1人が働く世代(15~64歳)といわれている。しかし、告知された患者が慌てて離職したり、雇用する企業が患者の対応に困惑し、うまく就労支援できなかったりすることが少なくない。自身もがんになったライター・福島恵美が、がんと診断されても希望を持って働き続けるためのヒントを、患者らに聞いていく。
精巣腫瘍患者友の会(J-TAG〔ジェイ・タッグ〕)・代表で会社員の改發(かいはつ)厚さんに、前編「働き盛りで精巣腫瘍に 『あれ食べたい』を励みに治療」では、難治性精巣腫瘍の治療経験や仕事について伺った。後編では同会が取り組む、医師と連携した患者支援の活動を紹介する。
医師の働きかけで精巣腫瘍の患者会が発足
――改發さんは精巣腫瘍の治療を終えて職場復帰した後、2010年10月に任意団体の精巣腫瘍患者友の会(J-TAG)を立ち上げ、代表に就任されています。どのようなきっかけで団体ができたのですか。
そもそものきっかけは、がん疾患の啓発を行っているNPO法人キャンサーネットジャパン(CNJ)で僕がボランティアをしていたこと。この団体が主催するセミナーで患者代表として話をしたときに、精巣腫瘍が専門の医師・三木恒治先生と出会いました。三木先生から「精巣腫瘍の患者会を作ろうと思っていて」と声をかけていただきました。先生は他に代表のアテがあったのに、僕が勘違いして「ぜひ、やらせてください」と返事をしてしまい、事が進んでいった経緯があります(笑)。三木先生は会の発起人です。
僕はそれまでに、自分が開設した闘病記ブログや、CNJの活動として患者さん、そのご家族の相談に応じるピアサポート[注1]に取り組んでいました。個別相談も大事なことですが、患者会のような団体としてピアサポートをしたり、正しい治療の情報を集約して伝えたりする場もいると思っていたんです。精巣腫瘍の患者さんは若い世代の人が多いけれど患者数は少なく、仕事や治療などの悩みを共有する必要性を感じていたから。三木先生は当時、京都府立医科大学附属病院の院長をしておられ、病院内に患者さんと話ができる場所を用意してくださいました。
3カ所の病院で開催するピアサポートが活動のメイン
――医師の呼び掛けでがんの患者会が作られるケースは、私が知る限りでは少ないように思います。
三木先生の患者会創設の思いが、大阪府済生会吹田病院の中村晃和先生、筑波大学附属病院の河合弘二先生にも広がり、活動を全力でサポートしてもらっています。お二人とも精巣腫瘍が専門で、私たちは患者さんからの相談事で分からないことを先生方に聞いたり、セカンドオピニオン先として受けてもらったり。先生が新しい患者さんに、J-TAGのことを紹介してくださることもあります。すると、がんと告知された後に不安でいっぱいの患者さんが、元気にしているがん経験者や治療中の人に出会う。「治る可能性が高いがんなんだ」と気付き、がん=死ではないと分かり、治療することに希望を持たれるようになります。
患者会の活動のメインはピアサポートです。現在は、先生方とのご縁があった、大阪府済生会吹田病院と筑波大学附属病院で月に1回、京都府立医科大学附属病院では3カ月に1回、「精巣腫瘍ピアサポート」として数時間、僕ら精巣腫瘍経験者が患者さんらの悩みに耳を傾けます。ファイナンシャルプランナーが参加する日もあり、お金や保険などの相談もできます。抗がん剤治療の副作用は手足のしびれが一番出るため、ハンドマッサージの先生にお越しいただいて、施術してもらうときもあります。
[注1]がんを経験した人やその家族らが、ピア(仲間)として体験を共有し、ともに考えることでがん患者や家族を支援すること。ピアサポートをする人を「ピアサポーター」と呼ぶ
患者さん、ご家族、患者支援者など、どなたでも無料で来ていただけますし、「話を聞きたい」という方でも大丈夫です(開催日時はJ-TAGのホームページで紹介。http://j-tag.jp/)。年に1回は公開講座を行い、先生から最新の治療法などをレクチャーしてもらっています。
セカンドオピニオンや就活で悩む患者が多い
――相談に来られる方は、どのような悩みが多いのですか。
一つは、「セカンドオピニオンを受けたい」という相談です。J-TAGのホームページでは「精巣腫瘍を学ぶ」という項目を作っています。三木先生と中村先生が、精巣腫瘍はどのようながんで、どんな治療を行うかなどを、標準治療[注2]に基づいて解説する様子を動画で伝えています。最近はこの動画を患者さんが見て、自分の状況を把握されることが多いのですが、中には「自分は違う治療を勧められている」と相談に来られることがあるのです。
また、主治医の言動で精神的に傷付き、信頼感をなくしたことからセカンドオピニオンを求める人もいます。患者さんの状態によっていろいろなケースがあるので、中村先生に事前に相談することもあります。
仕事に関しては、「就職活動のときに、がんであることを告げるべきですか」という相談が結構あります。虚偽のことを採用者に話すのはいけないけれど、がんであることを自ら言う必要はないと僕は思うんです。会社を頻繁に休まないといけないような場合は、伝えた方がいいでしょうけれど……。ある男性が、「自分はがんです」と言い続けて就職活動していたのですが、ことごとく不採用でした。あるとき、がんのこと言わずに採用試験を受けたら、通ったそうです。仕事をする上で問題がないのなら、それでいいと思います。
精巣腫瘍に特化したセンターを作りたい
――がんになっても働きやすい社会にするためには、何が必要だと思われますか。
企業などで人を雇うときに、がん経験者の採用枠をつくるとか、がんになった人が働ける機会を増やしてほしいと思います。今はがんでも治る人が増えてきていますし、これからは定年の年齢が上がっていくでしょうから、働く場所はますます必要になってきます。がんからサバイブした人は大変な治療を乗り越え、生きていることに感謝したり、社会貢献の大切さに気付いたりしているから、モチベーションが高い人が多いと僕は感じるんです。できればJ-TAGを株式会社にして、がんになった人を派遣するような就労支援ができたらいいなと思っています。
――就労支援の他に、J-TAGとして今後、取り組みたいことはありますか。
精巣腫瘍の患者さんが治療でき、家族も一緒に泊まれる部屋があって、常時ピアサポートができる施設を作りたい、と半ば妄想ですが考えています。というのも、精巣腫瘍の患者さんは若いから、子どもが小さい人が多いのです。手術と抗がん剤治療をすると半年程、入院することになりますから、家族と離れ離れになってしまう。住んでいる場所が病院から離れていると、家族は周辺の宿泊施設を利用することになり、費用がかさみます。神戸には小児がんの子どもたちが家族と一緒に過ごせる施設、チャイルド・ケモ・ハウスがありますが、それに近いイメージですね。
あとは将来的に、今、3カ所で行っている「精巣腫瘍ピアサポート」を全国7カ所ぐらいにまで広げていきたい。J-TAGの会員(会員用メーリングリストの利用やメルマガの購読などができる)は北海道から沖縄まで現在約330人います。東北、中部、九州などエリアごとで、ピアサポートができればと思っています。
[注2]科学的根拠に基づいた視点で、現在利用できる最良の治療とされ、ある状態の一般的な患者に、使われることが勧められている治療
●がん患者の3人に1人が離職 個人や会社のせいなのか(桜井なおみさん)
●がんステージ4でも働ける 大切なのは職場の信頼関係(西口洋平さん)
●予定通りがんになった医師 「仕事は辞めなくていい」(唐澤久美子さん)
(ライター 福島恵美、カメラマン 水野浩志)
精巣腫瘍患者友の会(J-TAG)代表。働き盛りの32歳のときに難治性の精巣腫瘍にかかり、1年半の治療生活を送る。抗がん剤治療を合わせて13コース、外科手術を3回経験。闘病中からブログを開設して情報を発信。奇跡的に寛解した後、NPO法人キャンサーネットジャパンのボランティアスタッフとして、講演活動やピアサポートを実施。2010年10月に日本初の精巣腫瘍の患者会を創設し、代表に就任。
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