質のよい睡眠はとれている? 測り方に医師も悩む

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/4/23
イラスト:三島由美子

「第一夜効果」でよく眠れない

睡眠ポリグラフ検査では、睡眠の深さや長さ、睡眠に関連した異常の有無を調べる必要がある。脳波だけではなく、眼球運動や筋電図(筋肉の緊張を見る)、呼吸、心電図、動脈血酸素飽和度などを測定するため、さまざまなセンサーを頭皮や顔面、胸や腹、手足に装着して眠ってもらうことになる。

初めて睡眠ポリグラフ検査を受ける場合、センサー類が気になったり、慣れない睡眠環境で寝かせられる緊張から、普段の睡眠よりも寝つきが悪かったり中途覚醒が増えるほか、深い睡眠が減ってしまうことが多い。睡眠の深さも変動しやすく、睡眠全体の構造が不安定になる。このような検査によるストレスや環境変化が睡眠状態に及ぼす影響を「第一夜効果(first night effect)」と呼ぶ。

新しい睡眠薬の薬効を評価する臨床試験(治験)などでは服薬後の睡眠状態を精密に測定する必要があるため、1晩の睡眠ポリグラフ検査だけでは不足で、2晩、時には3晩にわたって検査を行うこともある。

では回数を増やせば普段の睡眠に近いデータが得られるのかと言えば、神経質な被験者の場合には3晩目でも4晩目でも自宅での睡眠状態とは異なるというのだから検査室内では限界があると言わざるを得ない。

さらに話がややこしくなる現象が知られている。奇妙なことに、不眠症患者の中には自宅の寝室では眠れないが、病院の検査室では爆睡してしまうという人が多いのである。不眠症患者は「自宅の寝室が緊張する場所」になっているため、自宅以外の場所、例えば睡眠検査室などでは緊張がむしろほぐれて眠りやすいのである。これも一種の第一夜効果と呼んでもよいかもしれない。ここら辺は「『青木まりこ現象』からみた不眠を呼ぶ黒魔術の考察」で詳しく説明したので関心があればご一読いただきたい。

「その日」が来るのが待ち遠しい

今回のテーマを選んだきっかけをご紹介して閉じたいと思う。最近ある企業から新薬開発に関する協力を求められ、その際に、ここでご紹介したような内容が話題に出た。せっかくなので本コラムでも睡眠の質の良し悪しを評価する難しさについてご紹介しようと思い立った次第である。

数年前、厚生労働省と医薬品医療機器総合機構の依頼で『睡眠障害治療薬の臨床評価方法に関するガイドライン』を作成した。これは別名「治験ガイドライン」と呼ばれ、簡単に言えば睡眠障害用の新薬を開発するときの手順書のようなものである。

当時日本での睡眠障害治療薬の治験ガイドラインの改訂は20年ぶりだったので、修正を要する項目が多数あり、その1つが睡眠評価法であった。特に睡眠脳波の計測を従来のように睡眠検査室内で行ってよいかが論議となった。新薬の開発は日米欧をまたいで行われることも多いため、各国で試験手順の足並みを整える必要がある。すでに欧州EUの治験ガイドラインではその数年前に在宅での睡眠評価の重要性について指摘していたことを受けて、日本版の改訂でも協議されることになった。

結果的に、日本の治験ガイドラインでも欧州と同様の指摘を行ったのだが、手順書に在宅での睡眠検査を具体的に盛り込むことまではしなかった。その当時は自宅で簡便かつ精密に睡眠脳波を測定できるデバイスが存在しなかったためだ。しかし、近年の技術革新によって自宅で簡単に装着でき、軽量小型で装着感が良く、自然な寝姿で夜を過ごせるような睡眠ポリグラフ検査用のデバイスが次々と開発されている。これらのデバイスの安全性や精度が向上して医療機器として進化すれば、新薬治験や診療に必要な在宅測定も実現できそうな勢いである。そうなれば主観と客観の両面から画期的な治療薬の開発や効果的な睡眠指導法も行えるようになるだろう。その日が来るのが実に待ち遠しい。

三島和夫
秋田県生まれ。医学博士。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。
(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2019年2月14日付の記事を再構成]

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