2019/4/15

20歳の頃

■20歳のあなたへ
上昇志向は大いに持つべし。ただし、正しい動機で

今の若い人は上昇志向が弱いといわれるそうですね。給料が上がるとか、単純に偉くなりたいとか、そういう上昇志向はそもそも間違っています。でも正しい上昇志向は大いに持つべきです。たとえば係長になったら自分が持っている小さな事業の方向を変えることができるかもしれないとか、もっとインパクトのある仕事ができるようになるだろうとか。この人は正しい動機づけで動いているな、というのは社会人経験の長い人から見たら分かります。成果が出たら、次はもっと大きい仕事をもらえるチャンスです。

与えられた状況に対して不満があるとか、もっと良くしたいという希望があるなら、他人を頼るより自分で環境を改善した方が早いです。人にお願いすると、人の決定に左右されてしまうから、あまり好きではないです。だから会社に入って「この契約は取れるだろうか」と悩む場面があるでしょうけど、自分のコントロールできないことで悩む必要はないと思っています。

正しい上昇志向と並んで大切にしてほしいことは実際に色々なところに行って、色々なものを見て、自分の感想を持つ、という一連のプロセスを大事にすることです。こうして育てた自分の尺度は、将来を見通す大局観を育てるうえで必ず役に立ちます。

私の場合、06年にプレイステーション(PS)ネットワークを立ち上げたときは大局的に考える必要に迫られました。ゲームをお客さんに配信するプラットフォームを構築するという初めての試みでした。

当時「量販店に大きな痛手になるからゲーム配信はやりたくない」と社内でかなり言われましたが、私はネットワークを作って、秩序あるプラットフォームを整える必要があると信じていました。

私の判断の根拠となったのが、違法ダウンロードが横行していた当時の音楽業界の姿です。音楽の提供者が正当な収入を得られないので、業界全体が瀕死(ひんし)の状態でした。これは対岸の火事ではないぞ、と非常に危機感を覚えました。音楽もゲームも同じソフトだから、ゲーム業界でも違法ダウンロードの問題はいずれ起こるという確信がありました。環境の変化に対応するだけでなく、ソニーが自らディスラプション(創造的破壊)を起こしていく必要がある。こうして立ち上げたPSネットワークは、今やソニーの売り上げの中核になりました。

他の場所で起きている変化がいつか膝元にも来ると思っておけば、大局観を持って判断できます。そのためには自分の尺度を育てることが欠かせないと思います。

社長を退任した今、私はあらためて自分の尺度を育てる活動を大事にしています。平日の昼間に竹下通りを歩いてみたり、出張でしか行ったことのなかったロサンゼルスで新しい場所を巡ってみたり。一つ一つがとても新鮮で勉強になるし、今までこの何十年間も社会人をやってきて、足りなかったところがあったのを実感しています。若い人たちにも、自分のリアルな体験を大切にしてほしいと思います。社長を退任するまではやりたいことを封印してきたので、今はそれを楽しませてもらっています。会社だけが人生ではないですから。

平井一夫(ひらい・かずお)
 1960年東京生まれ。国際基督教大学教養学部卒。レコード会社のCBS・ソニーに入社し、その後、プレイステーションを手がけるゲーム子会社の米国法人に転じた。会社の主要事業であるエレクトロニクスの経験はなかったものの、12年に社長就任。18年3月期に20年ぶりの最高益を達成して退任した。183センチの長身。

(渡部加奈子)