「もう少し早く社会勉強をしておきなさいよ、平井君」と言ってやりたい
入社して1年半は外国部というところで渉外の仕事をしていました。マネジャーはあまり英語が得意でなかったので、洋楽アーティストらとのコミュニケーションは私の役割でした。ただ、CBS・ソニーの拠点は当時日本と香港にしかなかったので、私の嫌な海外赴任をさせられる可能性は限りなく低かった。それがCBS・ソニーを選んだ決め手でもあったわけですが、なんと入社して4年たった1988年、ソニーがアメリカのCBSレコードを全て買収したのです。商圏が全世界に広がった瞬間でした。94年、私はニューヨークに赴任することになってしまいました。
就職先選びの軸は今やり直せるとしても変わらないと思います。そのときに自分で考えて絞ったわけですから。CBS・ソニーに入社した当初はレコード会社に入ったつもりだったので、将来ゲーム事業に携わるなんて全然考えもしませんでした。結果論ですが、それでもソニーという会社を選んでよかったなと思います。会社がどんどんエンターテインメントの方にフィールドをつくってくれたので、私はその中で動くことができました。振り返って、与えられた仕事は常にチャレンジがあったなと思います。
私は子どもの頃から海外を行ったり来たりする時期が長かったから、20歳のときはもう海外は行かなくてもいいやと思っていたんですね。今思えば、もったいなかったと思います。私が行ったことのある米国とカナダだけが世界なのではない。もっと自分で色々なところに行って、自分で体験して、五感をフルに刺激するような人生経験をしておけばよかったです。
今の時代って、わざわざ出かけなくてもネットが発達しているから、五感を疑似体験できる。行ったことのないレストランでも「おいしい」、見たことのない映画でも「面白い」と客観的に評価する仕組みができているじゃないですか。でもこれは疑似体験。自分で体験しているわけじゃないから、自分の尺度がないまま判断している。だから大事なときに判断を間違える可能性があるので、尺度を持つための原体験を大切にしたいと思っています。「もう少し早く社会勉強しておきなさいよ、平井君」と20歳の自分には言ってやりたいですね。
35歳の時にソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の米国法人の社長になってから、ずっとマネジメントの仕事に関わってきました。18年にソニー本体の社長を退任するまで、20年間も経営陣にいたことになります。現場と比べると、役員はどうしても現実離れしてくる。例えば傘を持たなくなるとか。くだらない例ですが、社員と同じ問題を共有していないということ。大局的に見ればもっと大きい問題ではないかと思っていました。