「営業は長時間労働」女性が変える 現場発で提案競う
長時間労働が残る日本の企業社会の中でも、営業職はとりわけ顧客優先を求められ、男性の比率が高い。妊娠・出産などのライフイベントを経て女性が働き続けるにはハードルがある。「私たちが働き方を変える」と現場の女性自らアイデアを競い始めた。
医薬品の営業、医師にチーム対応
「1人のMR(医薬情報担当者)が1人の顧客をフォローするという状況を崩します」。2月、おそろいの青いスカーフと黒いスーツに身を包んだ中外製薬の営業女性チームのプレゼンテーションが始まると、会場は熱気に包まれた。長時間労働を見直し、グループで顧客の医師のかゆいところに手が届く情報を届ける営業スタイルの提案だ。
「自社製品の営業だけしているMRは不要。私たちの『おしながき』システムは、どんな人間からどんな情報を聞き出したいのか、医師に選択肢を示します」。社内には薬の開発・安全情報など高い専門性を持つ人材がそろう。メンバーの顔写真や名前、専門分野を記した「おしながき」を、顧客の医師らに提示。「社交派・友好派」「理論派・現実派」と相手のタイプに応じ、MR以外の社員も訪問できるようにして顧客対応力を高めるアイデアだ。
これは「新世代エイジョ(営業女性)カレッジ サミット2018」の一コマだ。営業職の女性チームが働く環境の改革へアイデアを出し、自社で実験。審査を勝ち抜いたチームが発表し、中外製薬が大賞を受賞した。
シニア・子育て中の女性社員が「コンシェルジュ」
一方、審査員特別賞を取った富士通マーケティング(東京・港)の提言「コンシェルジュ」制度は会社を動かし、19年度中には全国に広げる計画だ。営業経験の豊富なシニアや子育て中の女性社員らがコンシェルジュとなり、営業部門で働く本人に代わって書類作成や各所への申請、問い合わせ対応を支援する。
同社の営業は取り扱う商材が多く、「ランケーブル1本でも顧客の元に駆けつける」。公共営業本部の三浦恵里奈さん(28)は「社内調整に頭を悩ませる時間が多く、負荷の軽減が必要だった」と話す。そこで営業がこなしている仕事を顧客対応、書類作成など細かく「棚卸し」。営業本人の対応が必須かどうかで分け、コンシェルジュが分業するアイデアを生み出した。
営業担当に余裕をもたらすと同時に、知識や経験を持ちながら子育てなどで働く時間の制限がある人に、営業の第一線の仕事に参加・貢献しているというやる気を育てる。取締役兼執行役員常務の渡辺基さんは「会社が検討している営業の業務効率化、多様な人材の活躍の施策を強化する仕組みとして組み込んだ」と評価する。
営業の管理職の少なさが課題
エイジョカレッジは「10年で営業女性の9割が現場を離れる」という現状に危機感を覚えた日産自動車、リクルートホールディングス、キリン、日本IBMなど7社が集まり、14年に始まった。当初は議論を重ね、「女性は営業を続けられない」という思い込みと長時間労働が課題と特定。続いて生産性の向上、次世代の営業モデルづくりへと活動を発展させてきた。
現在は参加企業・業種が広がり、異業種合同で研修・提言をする活動も。意見交換を通じ、提案力が高まっている。運営に携わるコンサルティング会社、チェンジウェーブ(東京・港)の佐々木裕子社長は「女性のためだけでなく実際に営業の働き方を変えられるアイデアが出てくるようになった」と話す。
営業はいまだ男性優位だ。厚生労働省の雇用均等基本調査(16年度)では「男性のみ配置の職場がある」という割合が営業部門では44.6%。人事・総務・経理(5.0%)や販売・サービス(17.9%)などと比べ最も高い。
高い営業力で知られるリクルートも女性営業職対象のキャリア研修という珍しい取り組みを18年度から始めている。営業職から管理職になった先輩女性の話を聞き、長期的なキャリアデザインを自ら書き示す。「長期の目標を立てると何をやりたいのか見定めるきっかけになる」(人事統括室ダイバーシティグループの鉄原佳奈さん)。19年度も規模を拡大して開く予定だ。
営業女性の足元の課題は何か。全国の営業職の女性ら約3600人を束ねる一般社団法人、営業部女子課の会(東京・港)の代表理事で、人材育成コンサルタントの太田彩子さんは「営業部門で働き続けて管理職になるという女性のロールモデルがまだ少ない」と指摘する。
生命保険・損害保険業界はIT(情報技術)の浸透や女性の活躍推進のため、内勤の女性社員を営業職に転換する動きが進んでいる。三井住友海上火災保険は19年度からは営業経験がある女性社員による営業サポーターを拡大して、業務転換した女性社員を後押しする。「女性が働きやすい環境をつくることは、男性や組織全体にとってもワークライフバランスの拡充につながる」(太田さん)。女性自身が主導する改革は、さらに広がりそうだ。
仕事が好きだからこそ ~取材を終えて~
担当者が1人で他の人と情報共有できない。顧客の都合に合わせざるを得ない。体育会系の男性社会――。営業職の女性の課題は根深い。「エイジョカレッジ」ではオンライン面談などITを活用した提案があった。顧客には直接会うのが当然という感覚に風穴を開けるものだと感じた。現場の女性発で、課題を明確にし、対策を考える取り組みが営業職の働き方を抜本的に変えられれば、その方法や考え方を他の職種に広げられる可能性がある。
一方、営業女性からはなお「ロールモデルがいない」という言葉を多く聞いた。女性のライフイベントのなかで、結婚と仕事は両立しやすくても、妊娠・出産を経て、従来どおりに働き続けるのは容易でない。特に営業のハードルは高いが、「本当に好きだと思える仕事を主体的にしていくことが、自分自身を輝かせる」(太田さん)という言葉が印象に残った。
(増田有莉)
[日本経済新聞朝刊2019年3月25日付]
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