ミシュラン店プロデュース 仕掛け人ヤウ氏の飲食哲学
手掛けるレストランが次々とミシュランの星を獲得し、瞬く間に人気店になるスゴ腕の仕掛け人がいる。2018年11月にオープンした商業施設「二重橋スクエア」(東京・千代田)の点心店「YAUMAY(ヤウメイ)」を手掛けた世界的レストランプロデューサー、アラン・ヤウ氏だ。
英国を中心に世界中で展開する"日本風"料理のレストランチェーン「Wagamama(ワガママ)」は、ヤウ氏の名前を知らなくても海外通の方ならば、一度は目にしたことがあるかもしれない。1992年、ヤウ氏が20代にしてオープンしたこの店をきっかけに、ラーメンをはじめアジア料理がロンドンで大ブームになったとも言われている。
自身の出身地である香港で慣れ親しんだ味と、グローバルな食感覚を独自に融合させ、チャイニーズに限らず、ガストロパブ(食事の充実した英国のパブ)、トルコのピザ、イタリアンベーカリーなど、ヤウ氏が立ち上げるユニークなレストランは次々と話題をさらっている。
若い頃から飲食店経営に興味のあったヤウ氏は、勉強のために香港でマクドナルドの研修生になったことがある。当初は、中華料理のファストフードチェーンをやってみたいと考えていたヤウ氏。だが、「ハンバーガーという1つの商品を、バンズ(パン)・パティ(肉)・トッピングの3つの要素でつくる効率的なシステム」を目の当たりにしたマクドナルドでの経験は、人生における大きなターニングポイントになった。
その頃日本のラーメンを知り、ヤウ氏はそのシステムにぴったり当てはまると気づいた。そこで、スープ・麺・トッピングの3要素からなるラーメンで「ワガママ」を創業したのだ。その後、01年にロンドンに高級チャイニーズレストラン「Hakkasan(ハッカサン)」をオープン。フランス人デザイナーを起用したモダンなインテリア空間で、オーソドックスな広東料理や点心が食べられる同店は、2年後に早くもミシュランガイドで一つ星を獲得した。
04年にロンドンで開業した、点心とケーキが楽しめるティーハウス「Yauacha(ヤウアチャ)」も、翌年にはミシュランから一つ星を与えられることに(その後、ヤウ氏は08年に両レストランを売却している)。そのため次は、東京の「YAUMAY」でミシュランの星を獲得できるかともささやかれ、注目されているのだ。
単刀直入に、ヤウ氏に「ヤウメイでもミシュランの星を獲得できそうですか?」と尋ねてみた。すると、「世界のどの国を見ても飲食業界は飽和状態で競争が激化しています。中でも日本はその激しさが十段階レベル上と言ってもいいでしょう。ヤウメイがミシュランを獲得できるかはさておき、私たちはベストを尽くすだけ。真摯な思いで励めば、やがて時が結果をもたらすでしょう」と返ってきた。
ヤウ氏に日本進出をお膳立てした、IMMフードサービスの河村征治社長にもヤウ氏について話をうかがった。「私がヨーロッパにいた20代の頃、ロンドンのソーホー地区に行くとアラン・ヤウさんの店ばかりでした。料理人を目指してヨーロッパに渡ったのですが、彼の仕事を見てレストランを作る側の人間になりたいと思うようにもなりました」と河村さん。
河村さんは"世界のアラン・ヤウ"に、「You are my superstar (あなたは私のスーパースターです)」と、ひたすら代理人を通じて連絡をとり続けたという。憧れの敏腕プロデューサーといつか一緒に夢をかなえたいと、長い年月をかけて距離を縮めていった。
いつか東京でオープンするなら「ハッカサン」と考えていた河村さんだが、実際、ヤウ氏に話を持ちかけると、「ハッカサンではなく、日本ならではの新しいコンセプトで挑戦したい」という答えが返ってきた。その結果オープンしたのが「ヤウメイ」だ。
ヤウ氏は「日本は昔から食材の質にこだわり、特定のことに力を注ぐことで称賛されてきました。すしがいい例ですね。ですから、レストランプロデューサーなら誰でも、日本で何かをつくり上げるということにチャレンジしたいものです」と日本進出を快諾した。
飲食店にとって内装やサービスも大切だが、「店の魅力を支える9割はそこの料理にある」というのがヤウ氏の経営哲学。「レストランプロデューサーとして私が一番重視しているのは料理のクオリティーです。常に基準を高く、一定に保つことが大切なのです。これができればミシュランの星は、後からボーナスとして与えられるというものでしょう。でも、だからと言って、ミシュラン獲得はゴールではありませんよ」とヤウ氏。
同店のメニュー表はなんとA4大の紙1枚だけ。えりすぐられた約20種類の点心とアペタイザーのみ。世界中のヤウ氏のレストランから、ベスト・オブ・ベストを結集したメニューだという。
その1つ、「ヤウアチャ」やロンドンにあるパブ「ザ・ダック・アンド・ライス」で大ヒットした「クリスピーアロマダック」もラインアップ。クレープのような薄焼きの皮に包んで食べる点は北京ダックと同じだが、専用窯を使うので、コンフィのようにパリパリになった皮だけでなく、ホロホロのやわらかい身も一緒に堪能できる。 感動のおいしさだ。
河村さんは「ロンドン発の点心というと、フュージョン料理を想像する方が多いのですが、アランさんは料理についてはオーセンティックが一番と考えているんですよ」と説明する。定番メニューを採用しながら、さらに良質な日本の素材の持ち味を生かせるものを選んだとか。
ヤウ氏は、中華料理全般でなく、あえて点心に絞って専門店にした理由をこう語る。「幅広い料理をそろえる飲食店より、私は1つのアイテムを突き詰める『mono-product offering(モノ・プロダクト・オファリング)』というものを信じています。商品を絞り込むほど料理の質は高まります。日本文化もまさにこれではないでしょうか」。
広東料理を身近に感じながら香港で育ったヤウ氏にとって、点心とお茶を楽しむ「飲茶」は生活の一部。多種類の料理を少しずつ食べられることから、世界中の人を魅了する点心こそ、自分が突き詰めるべきジャンルだと考えたというわけだ。その結果、ミシュランの星獲得にもつながった。
「多くの人が点心を好むのは、素材の味わいをストレートに楽しめるからでしょう。これは『蒸す』というプロセスだからこそ可能なこと。また、少しずつたくさん、バイキング的な感覚で食べられる点も魅力ですね。スペインのタパス、トルコのメゼ、日本のすしに似た『食のプラットフォーム』ですよね」(ヤウ氏)。
ヤウ氏のオーセンティックな姿勢は食だけでなく、サービスにも貫かれている。ヤウ氏と河村さんはそれを「オールドスクール」と呼ぶ。
「この店では料理もサービスもオールドスクール、つまりオーセンティックです。オールドスクールなサービスでは、給仕はなすべきことをきっちり完璧にするという基本が大事。それに比べ、給仕はできないけれど、モデルのような見た目のいいホールスタッフを集めるのがニュースクール。これはうちのスタイルではありません」と河村さん。
オールドスクールな例の1つが中国茶の提供方法だ。中華系のヤウ氏にとって、極上の茶を出すことはもてなしの最たる表現法の1つ。同店でも選び抜かれた21種類の中国茶がオーダーでき、中には30年ものの熟成プーアル茶(4800円税別)もある。
これらのお茶を常に一番おいしい状態で飲んでもらうために、茶館(お茶専門店)さながらに専用の道具を使い、茶葉にあった温度や時間を計りながら、1回で飲み切る量だけをその都度、丁寧にお客の目の前でいれてくれる。 きめ細かいサービスは確かにオールドスクールだが、最近ではそういう店が貴重にもなっており、お客としては逆に新鮮な感覚さえ覚える。
さて、オープンして5カ月がたつ「ヤウメイ」であるが、ヤウ氏が日本で一番やりたかったことは、まだ実現されていないという。実は進化の途中なのだ。その舞台となるのは、オープンキッチンの手前にしつらえられた12席だけのカウンター。目の前でシェフの手さばきや調理のライブ感を堪能できる特別席だ。
「カウンターがあって、料理人が目の前のあなたのためだけにダイレクトに料理をサーブする。日本のレストランで素晴らしいのはこの点です。ほかの国にはないこのぜいたくなサービスをヤウメイで挑戦したい」というヤウ氏の熱い意向をくみ、「だから高級なヒノキの一枚板を用いて日本風のカウンターにしたのです」と河村さん。
近く日本の素材をふんだんに使った特別なカウンター限定メニューが始まる予定だ。完全予約制のおまかせコースは1万5000円くらいになるという。中華料理のシェフがカウンター越しに客と向き合い、すしスタイルで丁寧に提供するライブ感満載のコース料理、これは楽しみだ。
(GreenCreate)
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