製薬→塩、農学→料理研究 リケジョ、専門超えて開花
理系の素養をいかして多彩なキャリアをひらく「リケジョ」の活動が目立ってきた。起業したり芸術の世界で知見を発揮したりすることで、キラリと光る独自の進路を切り開いている。専門分野の垣根を越えて開花する姿を追った。
製薬会社で開発職→塩で起業 田中園子さん
食べ歩きで有名な東京都品川区の戸越銀座商店街に塩の専門店「solco」がある。目を引くのは整然と並ぶ細長いガラス管。通常は微生物の培養に使う実験用の試験管を塩の容器に転用している。
代表を務める田中園子さん(46)は東京工業大学で微生物の進化を研究した。「塩の個性を打ち出すには試験管が最適」。約40種類以上の塩が並ぶが、シンプルなガラス管のなかで、色や形などそれぞれの塩がもつ特徴が際立つ。
田中さんは大学院を修了後は外資系の製薬会社に入社して開発職に就いた。日本で新薬を販売する前に安全性などを詳しく調べる仕事で、病院から丹念に情報を集めて副作用などを分析する。患者に新薬を届ける仕事にやりがいを感じていた。
一方、学生時代からいつかは起業したいという思いもあった。転機は旅行で訪れた宮城県石巻市。偶然に入った土産店で「伊達の旨塩」に出合い「濃いうま味に衝撃を受けた」。本格的に学ぶために民間資格「ソルトコーディネーター」を取得し、旅行の翌年の2014年に開業した。
店内では全ての塩を試食できる。容器の横には名刺ほどの大きさの紙が貼ってあり、製法や相性が良い食材などの特徴が詳しく書かれている。田中さんは「生産者の思いを届けたい」と目を輝かせる。現地に直接赴いて集めた情報は、料理人などのプロも舌を巻く。実績が評価され、個人客に加え全国の飲食店やホテルにも販路が広がった。製薬会社の開発などで培った分析力が店づくりを支えている。
農学専攻→「科学する料理研究家」 平松紘実さん
「科学する料理研究家」としてコラム執筆やレシピ開発などを手掛ける平松紘実さん(30)は京都大学で農学を学んだ。食品科学などの講義で料理に興味をもち、食品関連の本を読みあさった。ブログに科学の視点でレシピを解説した記事を載せると文系の友人も興味をもってくれた。「料理に必要なのは仕組みと理由を知ること」。例えば、青魚に酒をふるのは、アルカリ性のにおい成分を酸性の酒で中和させ打ち消すためだ。料理で科学の楽しさを伝えられると気づいた瞬間だった。
学部時代に学生らが新刊のアイデアを競う「出版甲子園」に応募。優勝して料理本を出版する機会をつかんだ。この活動が評価され、大学を卒業するときには母校の総長賞を受賞した。
進学が決まっていた大学院で研究をしながら出版準備を進めたため、発刊に2年以上かかった。修了後はIT(情報技術)企業に入りウェブ広告の仕事を始めたが、料理研究への思いは募る一方。「安定を失う怖さはあったが、せっかくの機会を失いたくない」と覚悟を決めて13年に退社し料理研究家の道を選んだ。
転職を後押ししたのは、科学的なアプローチで料理のポイントを伝える自信があったから。「やりたいことは常に変わる。今後も色々なことに挑戦したい」と意気込む。
電磁気学 生かす芸術家 児玉幸子さん
児玉幸子さん(48)は北海道大学で物理学を学び、現在は芸術家として活躍している。手掛けるのは動く造形作品。球形ガラスの内部で透明な油の中を黒い液滴が次々に現れ、離合集散を繰り返す。下部に取り付けた電磁石の力を使い磁性流体という磁石の性質をもった液体が生きているように形を変える。動く彫刻だ。
小さいころから科学者と芸術家の両方に憧れていた。いったん科学を学ぼうと大学に入学した後も芸術への熱意は変わらず、展覧会を度々訪れていた。心を動かされたのは仮想現実(VR)などを使うメディアアート。「動きを感じる全く新しい表現に魅了された」。学部時代は半導体の研究をしながら美術の予備校に通い、筑波大学大学院の芸術研究科に合格した。
大学院時代に磁性流体を知り、生き生きと動く不思議な材料のとりこになった。磁性流体を使った作品を発表すると国際的な賞を次々に受賞して芸術家としての一歩を踏み出した。大学で身につけた電磁気学の知識が創作活動にいきた。
児玉さんは今、電気通信大学で准教授として芸術を教える。男性が多い理系のなかで研究室には多くの女子学生が集まる。理系で培った強みが様々な分野で生かせることを身をもって伝えている。
多様な進路、理系増やす ~取材を終えて~
記者も理系。大学時代の周囲の女子学生は、大学や企業の研究者、中学高校の教師などを選ぶ場合が多かった。専門分野をそのままいかして活躍できるからだ。最近はリケジョが定番コースのみにこだわっているわけではない。マイナビ(東京・千代田)が2019年卒業の学生15894人に調査したところ、「大企業志向」は全体で54.5%で、理系男子61.9%に比べ理系女子は47.5%。リケジョの方が将来を柔軟に捉えている傾向がうかがえる。
理系の素養が思いがけない力を発揮するのは今回登場した3人が示している。ただ、現状では、理系を選ばずに文系に進む女子学生が多い。多彩な進路が広がっていると分かれば、理系を志すきっかけになるだろう。また、理系に限らず、働く女性が活躍し続ける上で、培った専門性を異分野で発揮する姿勢は参考になりそうだ。
(遠藤智之)
[日本経済新聞朝刊2019年3月18日付]
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