ニシン飯寿司やサメなます… 滋味深い津軽の伝承料理
北国の味つけは、濃くて塩辛い。青森県弘前市で伝承料理の保存に努める「津軽あかつきの会」の料理は、そんなイメージを優しく覆してくれる。放っておけば失われていく家族の味を保存しようと活動を続ける地元の女性たちに話を聞いた。
祝いの席に欠かせない酢ダコや、めんともち米で漬けた「ニシンの飯寿司」。かみしめるうちにゆっくりと、滋味深いうまさが膨らむ。「献立の多くは祖母が作っていたもの。近所の方々に聞いたものもある」と話すのは、会長の工藤良子さん(78)だ。
年配の女性訪ねてレシピ聞く
会の前身となる活動が始まったのは1995年。工藤さんが地元の農産物直売所と施設内の農家レストランの管理を任されたことに端を発する。メニューの充実を図るため、年配の女性を訪ね、保存食や昔ながらのレシピを聞き取る地道な作業を重ねた。
農家に嫁いだ後も保育所に勤務していた工藤さんにとって、それまで大事だったのは「いかに手間をかけずに料理を作るか」。しかし、ちょうどその頃に体調を崩して仕事を辞めたことで、食と健康について改めて考えていた時期でもあった。
何でもすぐに手に入る現代の食生活に疑問を抱き、四季の恵みを生かした郷土料理の健やかさを知ることで、未来へと受け継ぎたいとの思いが湧いて来たという。
それが98年の津軽あかつきの会誕生につながった。当初の仲間は6人だった。「集合時間は朝5時。皆、農作業や家の仕事があるので、その時間ならおしゃべりを楽しみながら集まれた」
津軽では、冠婚葬祭や田植えなど農作業の節目で近所の女性たちがそろい、宴の料理を作るのが習わし。しかし、知恵の交換の場でもあったこの風習は、現代生活の中で失われつつあった。そんな状況のなか、会の活動に興味を持った女性が徐々に仲間に加わっていく。
会のルールは「無理をしない、休めるときは休む、家族が大事、限られた時間でもいい」。今では20代から80代まで会員は約30人に増えた。会の料理は事前に予約をすれば工藤さんの自宅で味わえる。春から夏にかけては山菜や夏野菜が主役。秋は山のキノコがふんだんに使われる。
旬に取れたものは、塩蔵や日干しにしておいしさを封じ込める。マダラやニシンなど、魚もまたしかり。冬場は、その保存食が花開く季節。戻すには手間ひまかかるが、しっかり栄養補給ができる上、凝縮したうまみが立つ。
「昔の料理はさほど味が濃くなかった」│年配者からそんな話を聞いたという工藤さんは、うまみ調味料の普及により、味のバランスを取るために、塩や砂糖が多用されるようになったのではないか、と推測する。
「ちゃんとした土地で育てた旬の食材を使えば、野菜からもうまみがしっかり出て、調味料が控えめであったとしてもおいしい」
写真の「冬のもてなし膳」はイベント時の特別メニューだが、みちのくでも季節が変わりつつある3月半ばの今は、これら冬の料理と早春の食材を使う料理を組み合わせた食事を出しているという。
「味つけは味見をしながら、その日に合わせてあんばいを決める。だから家庭料理は毎日食べても飽きないのだと思う」。津軽だけに限らない、家庭の味の本質を表す言葉も胸に刻みたい。
(写真左上から時計回りに)
・サメなます…津軽ではよく食べるサメの身とハラスをほぐし、大根と酢味噌でなますに仕立てた
・ニシンの飯寿司…塩3、麹(こうじ)5、米8で合わせた三五八(さごはち、万能調味料)に2~3カ月漬け込んだニシンの「いずし」をあぶった
・ばっけの白あえ…フキノトウの茎の部分を豆腐と白ゴマとクルミと味噌で白あえにした津軽の早春の味覚
・酢ダコの三色添え…3色の酢の物は津軽の祝い膳に付きもの。酢ダコ、菊の花、ホウレン草
・身欠きニシンの酢味噌あえ…半干しの身欠きニシンを酢味噌あえにした、津軽らしい酒の肴(さかな)
・なんば漬け…青唐辛子を麹としょうゆで漬けた酒の肴
(写真中央)
・ニンジンの子あえ…貯蔵して甘みの出たニンジンを、タラの卵と煮干しのだしでいり煮した津軽の冬の名物
※7~8品の料理にご飯、汁物が付く伝承料理のお膳は1500円(注文は4人から)。塩蔵品や乾物を戻すなどの準備のため、4日前までに要予約。弘南鉄道大鰐線石川駅から徒歩10分(青森県弘前市石川家岸44-13 電話0172・49・7002 月~水曜は休み)
(日経おとなのOFF2月号から再構成 文・山内 史子 写真・福知 彰子)
[日本経済新聞夕刊2019年3月16日付]
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