SNSで世界のファンを魅了 ブラジル菓子職人の活躍
今、世界におけるパティスリー(洋菓子)界の勢力図を塗り替える勢いで人気急上昇中なのがブラジル人トップパティシエ、ディエゴ・ロザーノ氏だ。祖国ではスイーツを扱ったテレビ番組のプレゼンターとして国民的人気を誇る。
彼を語るときに「代名詞」のようについてまわるのが「インスタグラムのフォロワー40万人」「SNS(交流サイト)で絶大な人気」といったワードだ。日本にも店舗を持ち、世界的に超有名なパティシエ、ショコラティエ(チョコレート職人)のピエール・エルメやピエール・マルコリーニのインスタのフォロワー数がそれぞれ約28万人、約12万人(いずれも2019年3月現在)であることを考えると、SNSでのディエゴ氏の存在感は大きい。
先月は日本の百貨店の催事でその美しく芸術的なスイーツを披露し、日本のスイーツファンを歓喜させた。ブラジル大使館、ぐるなび、ぐるなび総研が主催する特別セミナーで講演をしたディエゴ氏に話を聞いた。
――パティシエになろうと思ったきっかけは? どのような形でキャリアをスタートさせたのでしょう?
パティシエになろうと思ったわけではなく、必要に迫られたというのが正直なところです。12歳のときに両親が離婚して、母が働くことになったので、私が家族の料理を担当しなくてはなりませんでした。料理の中でも自分の作るお菓子がおいしくて、お菓子の魅力にハマっていきました。
15歳で最初にベーカリーに勤め、スイーツの店やチョコレート製造工場で働いた後、サンパウロの「D.O.M」(編集部注:世界のベストレストラン50」にもランクインする有名なガストロノミー)のデザート担当になりました。
その後、自分のビジネスとしてボンボン(チョコレートで具を包んだ菓子)だけを作るショコラテリア(チョコレート専門店)を立ち上げました。これは工場というよりは手作りのブティックのようなお店です。その4年後にお菓子の作り方を教える学校をオープンしました。製菓学校を経営するようになってからはこちらが忙しくなって、3年後にはショコラテリアのほうは売却しました。
――では、現在のビジネスの中心は?
製菓学校の後はスイーツの専門雑誌を作りました。これが2つめの起業です。この雑誌は紙に印刷したものもありますし、ネットで読むこともできます。それと、パティシエが着る服や帽子、製菓用の道具を販売するオンラインストアも立ち上げました。
ですから、チョコレートのブティックを手放してからは「学校」「雑誌」「物販」の3本柱ですね。
――SNSのフォロワー数の多さが話題になっていますが。
フェイスブックでは50万人のフォロワーがいて、インスタでは個人のほかに学校のアカウントもあり、こちらも10万人のフォロワーがいます。インスタを始めたのは2011年6月です(インスタグラムのサービス開始は2010年)。最初は特に何も考えずに投稿していましたが、途中でインスタグラムにビジネスチャンスがあることに気づきました。
ですので、1年ほど前からはSNS専門のスタッフ13人をそろえ、戦略的に発信するようにしています。スタッフはアート担当とメッセージ担当と分析担当に分かれています。ビジネスにSNSは本当に不可欠な存在です。日本ではどうかわかりませんが、ブラジルでは「フェイスブックはビジネスにつながらないけど、インスタとリンクドインはビジネスにつながる」と位置づけられています。
――SNSをビジネスにつなげるとは具体的には?
自分自身や会社のブランディングにも使っていますし、リサーチにも使っています。例えば、自分のフォロワーがどの写真にどれだけ「いいね」をつけてくれたかによって、フォロワーが何を望んでいるのかが把握できます。製菓学校や物販の宣伝もしています。スクールはオンラインのコースもあるので、ブラジルでなくても世界じゅうで受講することが可能ですから。
インスタから広告収入を得ることもしていますよ。例えば、私は今腕時計をしていますが、腕時計のメーカーがスポンサーになってくれているのです。インスタやYouTubeで私の手元が映るたびにこの腕時計も世界に発信されるので、スポンサーとしてもメリットがあります。
このようにビジネスの中心をSNSに置くことでいろいろなことが可能になります。昨年1年でインスタからの収益だけで約150万ユーロ(約1億8750万円)になりました。
また、こうして世界中からパティシエとして声がかかるのもインスタをやっているからでしょう。今までに世界80カ国以上を訪れました。今回のように百貨店のスイーツフェアのためにオリジナルの商品を作って販売したり、ホテルやレストランとコラボレーションしてコースのデザートだけを担当したりしています。
――スイーツを作るときに意識していること、自身のスペシャリテは?
新しい食材や、食材の新しい組み合わせで、まったく新しい味を作ることですね。スペシャリテはアマゾンで採れるフルーツ「クプアス」を使った「ベレン」というケーキ。ベレンはアマゾン地域のパラー州の州都の名前です。フランス発の「モンブラン」や「オペラ」といったケーキが世界中で食べられているように、「ベレン」もそういう存在になったらいいな、と。最初からそういう意識で作っています。
――食材を探し求めて常に出かけていく?
ええ、頻繁に足を延ばしていますよ。今はチーズや「コンブチャ(紅茶キノコとも呼ばれる発酵食品)」など「発酵食」に興味があります。先日はチーズの発酵を勉強したくて牧場まで行きました。ブラジルでよく使われる「キャッサバ」(イモの一種でタピオカの原料)も生だと毒がありますが、発酵させると毒が消えます。このように発酵すると使い方の幅が広がるんです。食材探しだけでなく、東京滞在中には和菓子の作り方を学びに行きましたし、インプットは常に心がけています。
――子供たちにスイーツ作りを教える計画があると聞きました。南米のトップシェフは環境や社会に対しての取り組みに積極的な印象があります。
大規模な取り組みなので3~4年先になると思いますが、恵まれない家庭出身の子どもたちのためのシェフの養成センターを作りたい。単に手に職をつけるのではなく、ブラジルの製菓業をけん引するようなトップシェフを育てたいと思っています。
自分が成長し金銭や地位が得られれば他者にも貢献していきたい、社会に還元していきたいと思うのは自然なことだと思います。
――今後の計画、夢を教えてください。
自分の名前を冠した「ディエゴ・ロザーノ」のブランドとして空港などに実店舗を持ち、世界に展開していこうという計画があります。その足がかりとして考えているのが日本です。ブラジルと古くからの友好がありますし、この仕事を始める前から、日本や日本の文化に対して深い敬意を抱いていましたので。それにブラジルからもっとも遠い地球の裏側から1号店を始めるって偉業じゃないですか!
◇ ◇ ◇
ディエゴ氏はビジネスの中心をSNSに置くことで、パティシエでありながら普段はスイーツ「以外」のものを売っている。一方でその知名度を生かし世界中に呼ばれてはスイーツを作る。世の中のシェフやパティシエの中には、自身の店で「アウトプット」ばかりして疲弊していく人も多いと聞く。店の外に飛び出し、インプットの時間も多い彼のスタイルは新しい「働き方」のひとつかもしれない。
また「シェフ」でなく「パティシエ」であることから、呼ばれた先のレストランやホテルのシェフと競合することなくコラボレーションが可能である。「協働」「社会貢献」「SNS」と、彼の話から浮かぶキーワードは「今の時代」を色濃く反映しているようで大変興味深かった。
最後に世界で多くのフォロワーを惹きつけるだけあり彼のインスタグラムも必見だ。宝石のように美しいスイーツは甘いもの好きでなくても目で楽しめるだろう。
(ライター 柏木珠希)
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