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作家にしてIT事業家 芥川賞受賞の上田岳弘氏の覚悟

2019/3/21

――作家としても、ITを活用した新しい挑戦をされていますね。

ヤフーと文芸誌『新潮』と組んで、純文学を新しい形で届けるプロジェクトを17年に始めました。僕が書いた「キュー」という作品を、デジタルデザインを駆使した仕掛けとともにヤフーユーザーに届けるものです。スマホのブラウザーで縦書きの小説が読めて、挿絵が動いたり、SNSでシェアできたりする。文芸誌に掲載するだけでは決してリーチできない、数十万の人たちに作品を読んでもらうことができました。

今という時代に
取り上げるべき
生煮えの事象を掬い
文学として描く

――デジタルネイティブの世代は、純文学に触れる機会が減っているといわれます。

文学を読まなくなった人に対して、「こっちに戻ってきて」というアプローチは違うと感じています。この人たちはどんな映画や漫画を楽しんでいるのか、どこに魅力を感じているのかを考え、その先に文学をアップデートして置いておく、というイメージです。

僕は作品の中でそれを模索しています。例えて言うなら、作品の中で権威ある哲学や文学だけを引くのではなく、今この時代に発生している生煮えのものの中から、今取り上げるべきものを取り上げることが大事なんだと思う。今回仮想通貨をモチーフにしたのも、そのトライアルの一つです。

――急速なテクノロジーの進歩と人間の関係性は今、多くの人が気になっているテーマだと思います。

テクノロジーには、優しい面と残酷な面の両方があります。これまでできなかったことができるようになる、高いハードルを技術の力で越えられるというのは優しい面。一方で、情報格差が広がり、技術の進展についていけない人は優しい社会からはじかれてしまいます。あるいは、一方的に情報を与えられることに慣れきって検索すらしなくなり、提供されるサービスを家畜のように消費するだけの人も増えていくでしょう。

そうならないために、文学が果たせる役割があるんだと思います。テクノロジーが猛スピードで進化する世界においては、人が人である意味を問い続けることが重要で、僕の作品がその一助になればうれしい。そして僕自身にとっては、小説を書き続けることが、その答えなのかもしれません。

『ニムロッド』
上田岳弘著/講談社/1500円(税別)
法人向けITサービス会社に勤める中本哲史は、突然社長から仮想通貨の採掘を担当するよう命じられる。全く知見のない仕事に戸惑いながらも徐々に仮想通貨への理解を深めていく中本。一方、彼の下には会社の先輩の荷室仁(自称ニムロッド)から、開発が失敗に終わった「駄目な飛行機」について綴った不可思議なメールが届くようになる。中本の恋人・田久保紀子は駄目な飛行機とニムロッド本人に深い興味を抱いていく。仮想通貨と駄目な飛行機をモチーフに、テクノロジーと人類の未来の形を独自の視点で描き出す。
うえだ・たかひろ
1979年、兵庫県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、ITベンチャーの起業に参画。同社の役員を務めながら小説を執筆し、2013年に『太陽』で新潮新人賞を受賞。15年『私の恋人』で三島由紀夫賞を受賞。仮想通貨のマイニングを仕事とする男性を主人公に、テクノロジーと人類の未来を独特の筆致で描く『ニムロッド』で19年、第160回芥川賞を受賞した。他の作品に『惑星』『異郷の友人』『塔と重力』などがある。

[日経マネー2019年4月号の記事を再構成]

ニムロッド

著者 : 上田 岳弘
出版 : 講談社
価格 : 1,620円 (税込み)

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