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日本武道館、再び五輪の舞台に 柔道の国際化映す

2019/3/14

1964年の大会以降、武道とライブの「聖地」となった日本武道館(Tokyo2020提供)

1964年の東京五輪で名勝負の舞台となった競技会場のなかには、2020年大会で再び使用されるものもある。前回大会後、建築的な価値の高さやイベント会場としての使い勝手の良さが着目され、東京の「ランドマーク」となった競技会場たち。20年大会に向け、バリアフリー化など時代にあわせた改修を急ピッチで進めている。

■大改修で車いす席や女子トイレ増設

「時間切れのカネが意外に大きく会場にひびいた。(中略)『ああ』――といったため息があちこちからもれる」(64年10月24日の日本経済新聞)

64年大会から五輪競技に採用された男子柔道。無差別級決勝で日本中の期待を背負った神永昭夫がオランダのへーシンクに敗れた舞台となった日本武道館は、20年大会で再び柔道の会場として採用された。

因縁の場所でリベンジ、かと思いきや、同館の事務局長、三藤芳生さん(70)の受け止めは少し違う。「柔道が日本だけの競技ではないことを示し、国際化が進むきっかけになった。当時は日本中がショックを受けたけど、何が幸せかわからないね」。男子4種目だった柔道はその後発展し、20年大会は男女体重別と団体戦の計15種目に。参加国も全世界に広がった。

日本武道館の建設が決まったのは大会前年の63年、着工から完成までわずか11カ月の突貫工事だった。法隆寺の夢殿をモデルにした八角形の建築物は、アリーナを360度どこからでも見られるユニークな構造で、イベントでも重宝された。大会2年後にビートルズのコンサートに使われるなど「武道の聖地」にとどまらず、「バンドの聖地」という顔も持つようになった。

完成から半世紀超となり、大会に合わせて大改修に取り組む。64年には不要だったドーピング検査室を新設し、車いす席や女性用トイレを大幅増設するなど、20年を迎える準備を進める。三藤さんは「2大会の会場となるのは誇り。時代にふさわしい施設になる」と胸を張った。

国立代々木競技場の「つり屋根構造」はトレードマークとなっている(東京都渋谷区)

■代々木競技場はハンドボール会場に

日本を代表する建築家、丹下健三が手掛けた国立代々木競技場も、64年に続く登場となる。前回は競泳などが繰り広げられ、20年はハンドボールの会場に。特徴はなんと言っても独特のつり屋根構造だ。

世界でもほとんど例がなく、その形状は大会後も多くの建築家に影響を与えた。新国立競技場(東京・新宿)の設計を手掛けた建築家の隈研吾さんも、父に連れられて代々木競技場を見に行ったことがきっかけになり建築家を志したといい、今も国内外から見学者が訪れている。

64年大会後、渋谷や原宿の近くという絶好の立地が着目され、80年代からコンサートや展示場などの利用が増加。現在は半分超がイベント関連として使われ、活況を呈している。

所有者の日本スポーツ振興センターの国立競技場運営調整課長、清水章敬さん(45)は「文化的な価値のある建物で、スポーツ振興の役割を果たしていく。『リビングヘリテージ』(生きた遺産)と考えている」と説明する。使われるなかで価値を高めている、というわけだ。

今は20年に向けた耐震化やバリアフリー化を進める。特徴的なつり屋根は工事のために覆いがかけられ、本番に備えている。

(岩村高信)

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