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奈良の名刹舞台に虚実ない交ぜの物語 澤田瞳子さん 書いた本・読んだ本(1)澤田瞳子さん

2019/3/14

『龍華記』を書いた澤田瞳子さん 写真/中西裕人

ビジネスから離れた時間を、より愉しく豊かに過ごすための情報誌「日経おとなのOFF」から、新作を書いた作家にその作品の読みどころを聞き、合わせてよく読む本や最近読んだ本2冊についてコメントしてもらうミニコラムを転載します。今回は『龍華記』の澤田瞳子さんです。

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書いた本
『龍華記(りゅうかき)』(KADOKAWA)
平安末期、藤原氏の血を引く興福寺の悪僧・範長は、平氏の手先・検非違使別当の奈良入りを阻もうと小競り合いを起こし、別当を殺害。報復として平氏が放った火が南都を焼き尽くす。己の短慮を悔い、復讐の連鎖を止めようと奔走する彼の前に、興福寺院主・信円が立ちふさがる。

「歴史の教科書では1行で片付けられがちな出来事をすくい上げ、膨らませるのが楽しい。町を焼き尽くす大火からの復興に、どれほどの苦労があったのかにも興味がありました」。直木賞候補筆頭の人気作家が選んだ題材は、仏都・奈良を一面の火の海にした南都焼き討ちだ。

主人公で、興福寺の悪僧(僧兵)である範長は、保元の乱に敗れた藤原頼長の実子。「藤原氏の氏寺である興福寺に次期院主候補として招かれながら、父の失脚で地位を奪われた人物がいたと知り、『高貴な出自にもかかわらず悪僧として暮らす拗ね者』の設定が浮かんだ。貴族の学僧と庶民の悪僧とが入り交じる興福寺を重層的に描くには、うってつけの存在でした」

■燃え盛る炎から八部衆を救った仏師とは

藤原氏の一員でありながら、興福寺に悪僧として身を置くことになった範長だが、自らの勇み足から焼き討ちという悲劇を招く。犯した罪の大きさに慄き、報復の連鎖を断とうと武器を捨て、祈りに救いを求めるようになるまでの彼の煩悶が胸を打つ。一方、人々と寺をのみ込む業火のすさまじさ、悪僧たちの狂気じみた戦いぶりは苛烈の一言。『火定』で、天然痘のパンデミックに見舞われた極限状態の平城京を描き、「描写が怖過ぎる」と読み手を震えさせた筆致は、冴えと勢いを増している。

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