成長の影で縮小 中国の地方都市と若者たちの今

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/3/17
ナショナルジオグラフィック日本版

北朝鮮と国境を接する中国の吉林省龍井市には、大きな朝鮮民族コミュニティがある(PHOTOGRAPH BY RONGHUI CHEN)

米中が貿易問題で衝突する中、開催された全国人民代表大会(全人代、日本の国会に相当)。景気刺激や産業振興策がどうなるのか、世界が注目した。これまでの成長の裏で、中国の地方都市は縮小が進んでいる。中国の都市開発を研究する学術ネットワーク「北京都市実験室」によると、2000年から2010年の間に中国の都市の4分の1以上で人口が減少した。2016年の終わりごろから中国東北部を訪れた写真家、陳榮輝(チェン・ロングイ)氏の写真で、その様子を見てみよう。

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陳氏が最初に向かったのは、中国最北端にある黒竜江省伊春市だった。伊春の冬は厳しく、気温がマイナス30度以下に落ち込むことも珍しくない。ジムやインターネットカフェで陳氏は、若者たちに出会った。東北部に住む若者の楽しみは、アプリを使ってライブ動画を作ることだという。退屈をしのぎ、小遣い稼ぎにもなる。彼らは、自分たちの住む小さな町には何もないと嘆き、大都市へのあこがれを募らせる。だが、家族やその他の責任を負っているため、町を出ることはかなわない。活気ある都会へ出ていく仲間たちを、ただ横目で見ているだけだ。

遼寧省撫順市。町の宣伝ポスターの前で美術の試験を受けるために待つ学生たち(PHOTOGRAPH BY RONGHUI CHEN)

伊春市は深い森の中にあり、1958年に林業の町として建設され、その後人口100万人以上の都市へと成長した。中国の英字新聞「チャイナデイリー(中国日報)」によると、伊春の木材は国内の建設業で使用される木材の10%を占めていたという。伊春市で公務員をしている27歳のヤン・スさんは、市の豊富な森林資源を「天から降ってきた金の砂」と表現する。

「手で受け止めきれなかった砂は指の間からこぼれ落ちるだけ。いずれにしても大金持ちになれましたよ」

地元政府に勤めていた多くの町の住人と同様、ヤンさんの両親も社会主義のエリートとして、安定した職とゆりかごから墓場までの福祉を享受していた。ヤンさんは、生活が豊かだった子ども時代を振り返る。「油に米、肉、卵、野菜…」。両親が職場からたびたび受け取っていた品物の数々だ。家族が数カ月間食べていけるほど大量の食料が配給された。「新しい服でも買いに行かなければ、給料の使い道がありませんでした」

フラルキのカフェに座るリン・ジ君(14歳)。インターネットセレブたちが、ここでライブ動画を撮影して配信している。リン君は学校を中退後、オンラインで動画を流したところ、100万人近いファンがついた。「親に捨てられたから、金を稼ぐために女装してライブ動画を作ってるんだ」と話す(PHOTOGRAPH BY RONGHUI CHEN)

ところが、町がつくられた目的であるはずの林業が、過剰伐採であっという間に資源が底をつき、さらに1990年代に入ると不況が町を襲った。伊春市は商業伐採の制限を始め、2013年には完全に禁止した。「初めのうちは、誰も禁止令など守りませんでした。1回目の違反は口頭での注意のみ。2回目は罰金、3回目は留置場、そして懲役刑です。だんだんと伐採をする者はいなくなりました」

仕事がなくなり、働ける者はより大きく豊かな都会へ出て行った。中国の国勢調査によると、2000年から2010年の間に、伊春の人口は8%減少した。

陳氏が取材した東北部の町の多くが、似たような運命をたどっていた。黒竜江省富拉爾基(フラルキ)は中国重工業の中心地として栄えたが、国勢調査によると2000年から2010年の間に人口が10.3%減少した。吉林省龍井市もまた、同時期に人口が18%減少した。龍井に住んでいた多くの朝鮮民族が、職を求めて韓国へ移住したのが一因だ。一方、「北京都市実験室」のまとめたデータによると、遼寧省撫順市は、工場の町として再開発が進み、人口減少は3%にとどまっている。

米国でも、デトロイトで2000年から2010年の間に人口が25%減少するなど、同様の現象は起きている。それに比べると中国は規模が小さいように見えるが、同じ問題を抱えている都市の数は中国の方がはるかに多い。おまけに、町の役人たちはいまだに将来人口が増加するという誤った予測の元に開発計画を立てていることが、独特の問題を引き起こしていると、北京都市実験室の調査を率いた清華大学建築学院の準教授龍瀛(ロン・イン)氏は言う。

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