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未完のレース

誤審背負い20年 柔道の篠原さん、なぜ安曇野暮らし 篠原信一(1)

2019/3/6

インタビューに答える篠原信一(2018年12月、大阪市内のホテル)

2000年シドニー五輪の柔道男子100キロ超級で、誤審のため無念の銀メダルとなったのが篠原信一(46)だ。引退後は日本代表監督として12年ロンドン大会に臨むが、柔道男子で初の金メダルゼロに終わった。現在はタレントとして活動しながら、長野県安曇野市であこがれの田舎暮らしを考え始めた。アスリートの引退後をたどる「未完のレース」、スポーツライターの増島みどりが4回に分けて連載する。

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取材は、シドニー五輪(00年)の「世紀の誤審」でも、東京五輪を目指す日本柔道の可能性についてでもなく、「あこがれの田舎暮らし」と、意外なテーマで始まった。ホテルの椅子に大きな体を窮屈そうに収めながら、愛犬について「うちにはワンちゃんたちがいるもんで……」と、優しい表情を浮かべる。かつてのイメージとワンちゃんのギャップもまた意外だ。

柔道家・篠原信一はかつて、日本柔道界の屋台骨とされる最重量級をけん引し、08年北京五輪後には斉藤仁の後を受け、ロンドン五輪を目指す男子の代表監督に就任した。現役時代には自らの勝負について多くを語らず、誤審のためダビド・ドイエ(フランス)に敗れ銀メダルに泣いたシドニーでさえ、「誰のせいでもない。弱いから負けた」と残すのみだった。代表監督時代も「最後は根性」「気持ちが全て」と、コメントはさらに短くなっていった。

ロンドン五輪後柔道を離れ、タレントとして成功を果たした今、もはや柔道家としての顔より、明るいキャラクターや、率直ではあっても、周囲を立てる気配りのほうが周知されている。畳の上を主戦場としていた頃には想像もつかなかったような、おおらかで温かな空気をまとう理由は、勝負師ではなく、華やかなタレントとしてだけでもなく、自分にとってこれからの軸足となる本当の「居場所」を手にした充実感にあるのだろうか。

■移住のため安曇野に民家を購入

昨夏、長野県安曇野に、現在住む奈良から将来移住し、田舎暮らしを始めるために古民家風の二階建て物件を購入した。

「安曇野は四季がはっきり感じられて、景色は何にも遮られず本当に広々としている。恋するように気に入った場所です」。恋するように……こんなロマンチックな表現をする人物だったのかと、また驚かされる。

移住を考え始め、友人や関係者に物件探しを手伝ってもらいながら北海道から北陸まで、5年ほどかけて、一昨年やっと安曇野にたどりついた。

1999年の世界選手権では100キロ超と無差別の2階級で優勝した(英バーミンガム)=共同

ロンドン五輪後、柔道の一線から引き今後の暮らしを模索していた頃、妻からこんなふうに言われたのだという。

「嫁さんに、あんたは性格が悪いんやから、ウチの花壇でいろんな植物でも育ててちょっとはエェことやってみたら?と言われまして。それで子どもたちと一緒になって、花の苗や、野菜も作ってみようと土いじりを始めたんが最初です。作って収穫して晩ご飯に出す。食して育てる。それが本当に楽しくなって、家庭菜園から将来はコメ作りも目指して畑仕事をもっとやりたい、そう思うようになったんです」

移住を雄弁に語る様子が信じ難かったのと同様に、チューリップやパンジーを植え、きゅうりやトマトも収穫するため家庭菜園で腰をかがめている様子もなかなか想像がつかない。しかし勝負師の隠れた才能を見抜き、それをユーモアたっぷりに、「性格が悪いんだから」と促した妻に、鮮やかな「一本」を取られた格好なのだろう。

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