36時間で新サービスつくれ! フェリーでハッカソン
限られた時間と空間の中で、発想力と企画力、技術力を競い合うハッカソン。2泊3日、海の上で実施されたハッカソンを津田千枝さんが取材しました。年齢も背景もさまざまな人たちがチームを組み、得意分野を生かし合って実現したものは?
フェリー船内でアイデアと開発競争
ハッカソン(Hackathon)とは、プログラムの改良を意味するハック(Hack)とマラソン(Marathon)を組み合わせた造語。限られた時間と空間で、特定のテーマに沿ってソフトウエアやサービスの開発を行い、アイデアの斬新さや技術の成果を競い合うイベントです。米企業でスタートしたといわれ、今では多くの場所で開催されているようです。
このハッカソンが、大阪-別府を2泊3日で往復するフェリーという非日常の空間で開催されると聞き、参加してきました(Code for OSAKA主催)。
会場となったのはフェリー「さんふらわあ あいぼり」の船内と、「かんぽの宿 別府」の宴会場・会議室です。
今回のテーマは「フェリーの船旅を楽しくするツール・サービスを考えよ」。2泊3日といっても、フェリーへの乗船が1日目の午後7時半。アイデア出しを始めたのが午後9時半。その後チーム編成を行い、開発をスタートしたのが午後11時半。成果の発表が3日目の午前11時からです。限られた時間と、船上という非日常的な空間で行われる「過酷」なハッカソン、参加者は寝る間も惜しんで開発を頑張っていました。
学生や女性の参加者が活躍
今回の参加者は53人。うち女性が12人。学生も11人参加しました。
全く知らない人同士が集まって行われるハッカソンは着想力、企画力、技術力だけでなく、チームワークやリーダーシップも問われます。またアイデアの完成度を高めるために、リーダーはよい人材を集めるスカウト力、開発したものを分かりやすく発表するプレゼン能力なども問われます。
まず乗船後、くじで決まった部屋に集合。同じ部屋のメンバーと一緒にブレインストーミングしながら自分のアイデアをまとめたスケッチを制作します。そのスケッチをフェリー内の食堂に並べて発表し、投票を行います。さらに自分のアイデアをプレゼンして、賛同してくれるメンバーをスカウト。参加者は自分の得意分野によって「エンジニア」「デザイナー」「プランナー」のいずれかの役割で申請しているので、チーム編成時には、自分の役割以外の人をスカウトしてチームを構成します。この日は最終的に11組のチームが結成されました。
最優秀賞は夜の航行でも海を感じられる「フェリー水族館」
11組の中から決まった最優秀賞は「サブマリウム」。サブマリン(潜水艦)とアクアリウム(水族館)からの造語です。フェリーの客室の壁にプロジェクションマッピングで水族館の映像を投影し、手で触れると魚が動いたり、エサが出てきたりして楽しめるというアイデア。映像は、潜水艦をイメージした丸窓で投影されるというデザインです。
フェリーは貨物輸送が主軸なので夜の航行が多く、外の景色が見えない時間が長いため、より海を感じられる楽しい船旅にしたいというコンセプトです。丸窓の中に見える魚たちもかわいくて、子どもから大人まで楽しめるだけでなく、将来的にはフェリーの航路に実際に生息する魚と海底を映し出して、その土地を知る学びにつながる可能性も高く評価されました。
技術力の高さだけでなく、手の距離を測るためのセンサーを固定する枠を、船内にあった割り箸を使って作っていたのも目を引きました。プロジェクターを時間限定で借りたり、割り箸の枠を固定するフロアスタンドは会場にあったものを発表の直前に借りたりと、ぎりぎりまで綱渡りの状況だったようです。
今回の審査基準は3つ。(1)乗客からよくもらう要望を解決できるか(2)「船」ならではのものか(3)楽しさや夢、遊び心があるか。この3つを網羅し、さらに「独自新規性」「実現可能性」も加味されて審査されました。
次点となったアイデアは「レストランや大浴場などの空き状況を、船内設置の大画面や端末で表示する」という、あったら絶対に役立ちそうなものでした。他にも、カモメがカメラに映ったらLINEで教えてくれて、カモメにエサをやりに行けるなど、興味深いアイデアがたくさんありました。
最優秀賞を獲得した作品の開発の経緯と勝因を知りたくて、チームの方々にインタビューしました。メンバーは6人、8歳(小2)から60歳までの幅広い年齢層。女性が1人、親子が2組という構成です。
リーダーの本田悠真さん(25歳、デザイナー担当)は大学院2年生。大学院では光を使ったセンサーの研究をしているそうで、ハッカソンへの参加は過去に3回あります。アイデアのプレゼンの時に本田さんの隣で発表した田村友希さん(21歳、デザイナー担当)も同じく学生枠での参加です。「海を感じるコーナー」という似たアイデアでプレゼンし、友希さんの父である田村弘昭さん(60歳、エンジニア担当)と共にチームを結成しました。
大野佳伸さん(41歳、エンジニア担当)は気象予報士の資格を持つ、技術系の管理職。息子の大野紡(つむぐ)さん(8歳)が出していた「海の上の動物園」というアイデアを生かす形で本田さんのチームに参加を決めました。
そして、MR(複合現実)技術を使ったバーチャル釣り遊びを作りたくて人材を探していた多嘉聖人さん(25歳、エンジニア担当)を、リーダーの本田さんと田村弘昭さんが強く説得してスカウト。最終的に「海つながり」で完成した6人のチームのメンバーは口々に「多嘉さんの技術力がなければこの作品はできなかった」と絶賛していました。
最優秀賞チームに聞いた勝因
多嘉さんは、大野さんの「聞く力」を称賛。「大野さんに話しているうちに『位置を求めるアルゴリズム』のアイデアに気付いたんです。このアイデアが浮かばなかったらこのサービスはできなかった」。そして「本田さんの統率力、そして田村さんの多種多様なハードウエアを扱える力がすごくて、その部分は全てお任せできたので安心感がありました」。
田村さんは、スーツケースいっぱいにハードを持ってきていたそうで、その準備にチームの皆さんがびっくりしていました。今回はその中から「距離を測るセンサー」を使用。
田村さんは現在、大学の非常勤講師。「ハッカソンはいつも全体的にキリキリした感じになりがちなのですが、今回は心理的に余裕がありました。子どもが『楽しい』と思うものを作りたかった」。さらに「船上はWi-Fiがつながりにくいので、それに頼らないアイデアを考えた」とのことです。
娘の田村友希さんはプレゼンの資料作成を担当。彼女が作ったスライドは分かりやすくて楽しさと夢を感じさせてくれるものでした。
そして最年少の小学2年生、大野紡さんは、実際に開発したサービスを試してもらう大役を担うとともに、チームの癒やし的存在。開発前のアイデア発表の際には「海の上の動物園」を大人の前に立って堂々と説明。その姿には頼もしさを感じました。
リーダーの本田さんに「何を一番大切にして進めましたか?」とお聞きすると「変えたところを共有して、みんなの合意を取りながら進めること」だったそうです。以前参加したハッカソンで、これを怠ったことによりギクシャクした経験があり、今回は失敗からの学びを生かしたそうです。
大野さんによると「僕は管理職ですが、今回は本田さんのリーダーシップがすごかった。役割、ビジョン、ストーリーをしっかりと持ち、チームで共有して指示をしてまとめ上げていく力が素晴らしかった」。さらに「若者がすごい。デジタルネーティブの20代がこうも優秀なのかと感動した。もっともっと彼らの才能に光を当ててほしい」とのことでした。
今回開発されたようなシステムやサービスが実際に使えるようになれば、おそらく若い世代もフェリーの旅にもっと興味を持ってくれるのではないでしょうか。
初めて間近に見たフェリーハッカソン。知らない人同士で組むチームだからこその学びも多くあったのではと思いましたが、私自身も学びと感動の多かった3日間でした。
大手外資系通信社にて、海外広報コンサルティングと営業を担当。総合旅行業務取扱管理者。小型船舶免許を保有、趣味はピアノと旅行。「高祖父の津田弘道は明治政府に任命され、日本最初の世界周遊海外視察に派遣されました。グローバルな旅への憧れは高祖父譲りかもしれません」
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