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米国で武者修行、カーラジオが息抜き 水泳の入江さん

2019/3/11

入江陵介さんは17年から米国に練習拠点を移した(18年9月、東京都江東区の東京辰巳国際水泳場)

銀メダル2つ、銅メダル1つを獲得した2012年ロンドン五輪から一転、16年リオデジャネイロ五輪ではメダルを逃した男子背泳ぎの入江陵介さん(29)。一時は引退さえ考えたというが、17年から米国に練習拠点を移したことで復活のきっかけをつかんだ。米国では初めて自炊を経験、車の運転も始めた。練習の行き帰りにカーラジオから流れてくるヒット曲は、新しい土地での記憶と深く結びついている。

■自分を高めてくれるもの、米国にあった

「米国では自宅から20分くらいかけて車で練習に通っています。ラジオをかけるとビルボードのトップ40とかやっていて、同じ曲がよく流れるんです。具体的な歌手や曲の名前はよく知らないのですが、久しぶりに聞くと、『あのとき、これめっちゃ流れていたなあ』とフラッシュバックのように思い出します」

米国では車の運転も始めた(入江さんのインスタグラムより)

「たとえばジャスティン・ティンバーレークというアーティストがいます。アメフト・スーパーボウルのハーフタイムショーで出てきて、これは自分が聞いていた曲だ、と(気付きました)。邦楽も聞きますが、米国に来てからは洋楽に触れる機会がすごく多くなりましたね」

リオ五輪の後、一時は引退を考えたという入江さん。だが米国に練習拠点を移してから臨んだ18年のパンパシフィック選手権では100メートルと200メートルの背泳ぎで銀メダルを獲得し、復活を印象づけた。

「米国を拠点にしたことは、ひとつの大きなきっかけだと思います。年齢も上がってきて、いろんな経験をして、自分のなかで物事を処理する能力が高くなってきているのは大きいと思います」

「雰囲気や環境は全然違うところなので、自分のなかでリフレッシュしながらできています。自分を高めてくれるものが米国にはありましたし、日本のほうが環境がいいといえばいいですが、自分が選んでそこに行っているので。自分の体は自分が一番よく分かるようになりましたし、客観的に自分のことを見られるようになったかなと思います」

米国生活はプライベートでも初めてづくしだった。食事の用意や体調管理もすべて一人でこなす。

「基本的に自分ですべてやっているので、大変な気持ちもあります。それまで自炊をしたことも、運転をしたこともなく、一からという形だったので。そのなかで音楽を聞く機会が、自分にとっては結構リラックスできる機会になっています」

■中学卒業までピアノも習う

入江さんにとって、音楽は小さなころから身近な存在だった。スイミングスクールと並行して、中学卒業まで続けていたというピアノについても聞いてみた。

「最後はショパンとか弾いていて、公立高校で音楽科のあるところに推薦で行くことも、ちょっと考えました。でも、そこまでのレベルじゃなかったですし、音楽でずっとやっていけるとは思っていませんでした。水泳のほうが結果も良かったので、水泳でやっていこうという気持ちになりました」

入江さんのSNSからは、オンとオフを明確に分けて米国生活を楽しんでいる様子がうかがえる(インスタグラムより)

入江さんの泳ぎは滑らかで美しいフォームで知られる。細かな指使いが必要なピアノと、感覚的に共通するところはあるのだろうか。

「一概にイエス、ノーでは言えませんが、水泳もテンポがあったり、リズム的な泳ぎがあったりします。そういったところは小さいときから音楽に触れてきて、リズムみたいなものが体に染み込んでいる部分があるので、つながっているんじゃないかなという程度です。つながっています、とはいえないです」

最後は、20年東京五輪について。出場が決まれば、入江さんにとっては4回目の大会となる。開幕まで2年を切った今も、気負いは見られない。

「勝ちたい気持ちはありますが、やるべきことをやらないと結果はついてきません。気持ちだけで勝てるような甘い世界ではないので。目の前のことをしっかりやっていって、その先に結果がついてきたらいいかなと思います」

(聞き手はオリパラ編集長 高橋圭介)

入江陵介
1990年1月生まれ。0歳から水泳を始める。近大付属高校を経て、2012年近大を卒業。五輪は08年北京、12年ロンドン、16年リオデジャネイロの3大会に出場。ロンドン五輪では200メートル背泳ぎと4×100メートルメドレーリレーで銀メダル、100メートル背泳ぎで銅メダルを獲得した。100メートル背泳ぎと200メートル背泳ぎの日本記録を保持している。

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