挑戦に年は関係ない 世界で活躍する日本人女性が語るグローバル・ウーマン・リーダーズ・サミット

日経ウーマノミクス・プロジェクト

2019/2/26

司会 イケムラさんは大阪外国語大学(現大阪大学)でスペイン語を学んでいた学生時代に渡西。海外に雄飛したきっかけは?

イケムラレイコ氏

イケムラ 一つは、美術についていえば当時は70年代で日本で本物を見るのが難しかった。文学少女で欧米の文学に親しんでいたこともあり、実際にそれを経験してみたいとも。トランク一つで矢も盾もたまらず出かけた。

吉田 私もスーツケース一つで渡米し、まずはミネソタ州の短大へ。高校時代は薬学部志望だったが受験で失敗。予備校で国際色豊かな英語の先生と出会ったことが転機に。「もっと広い世界を見たい」との思いに駆られ、受験勉強をやめて出発した。

司会 川和さんは上智大のご出身だ。米スタンフォード大の大学院でも学ばれたが、留学のきっかけは?

川和 会計士として監査法人で働いていた。子供を1人育てていて、当時の日本でプロとしてやっていくには風当たりが厳しかった。

同時に監査より自分で何かしたいとの思いもあり、米国にはまだ国内になかったビジネススクールというものがあると知り受験。子連れで渡米し卒業後はウォール街で働いた。金融の世界は非常にペースが速く新しいものをつくる業界である点にひかれた。比較的楽観的に考えていてやってみたらできた感じだ。

司会 イケムラさんが美術の道に進まれたのは?

イケムラ 当初は一応、専門をスペイン語としていたが、行ってみると言語の習得が目的ではないと気付いた。当時住んでいたグラナダで、たまたま彫刻家と知り合い、手のモデルなどをしてアーティストの生活に触れるように。本格的に学ぼうと今のセビリア大学美術学部の前身にあたる学校を受験。その後、スイス、ドイツと拠点を移し活動してきた。

司会 吉田さんがインテリアにひかれた経緯は?

吉田 米の短大時代、東ヨーロッパで歴史や地理を学ぶ機会があり、そこで触れたインテリアと建築に感動したことが大きい。語学力がなくても、その表現力に圧倒された。毎日のライフスタイルを支える空間をデザインしたいと、とにかく必死に自分の感性や表現力を養っていった。

司会 今後に向けての思い、または後進の女性たちにメッセージを。

イケムラ 私はキャリアという言葉が嫌い。芸術をキャリアと考えたことはない。終わることのない自分の道だと思っている。まだまだこれからだという謙虚さと野心というのをずっと抱えている。

川和 日本に戻ってくると「もうこの年になった」などとおっしゃる方の多さに驚く。米国で毎朝、ジムのプールで泳いでいるが、ロッカールームでご一緒する82歳の女性が最近起業した。環境問題に関心のある方で絶滅の危機にあるミツバチを守り、農業就労者にも役立つ害のない農薬を開発し株式上場の手続きも。そういうことを目の当たりにすると、いくつになっても遅くないと思う。

吉田 「きっとできるよ」という言葉が好き。海外での生活は孤独を感じることもあるし、語学ができなかった頃は悔しい思いもした。

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