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あの人が語る 思い出の味

和食への信頼、洋食へのあこがれ 羽田美智子さん 食の履歴書

2019/3/1

1968年茨城県生まれ。映画やドラマで幅広く活躍。2017年には茨城が舞台のNHKの連続テレビ小説「ひよっこ」に農家役で出演。屋号を継ぐ形で、ぬか漬けや玄米など厳選した素材を販売するオンラインショップ「羽田甚商店」を2月から始めた。岡村享則撮影

食材の生まれ育ちが気になる。女優の仕事で国内外の生産者と触れ合う中で悟った。口から体に入れるものは「いいもの」がいい。和食の魅力にほれ込み、家では故郷のコメとぬか漬けにこだわる。和食を見直すきっかけは病気と災害だった。

■母に休んでもらいたいと女優目指す

18歳の時、茨城からひとり東京に出てきた。俳優を目指したのは「母親に座って休んでもらうため」だった。

実家はたばこと食料品を扱う雑貨屋。家族は両親と兄弟3人に加え、祖母、曽祖父母、障害のある親戚のおじいさん。9人の大所帯だった。朝から晩まで店を切り盛りし、9人分の食事を1人で用意していた母。家族旅行から帰った時でも「玄関を入ると着替えもせずにお米を研いで炊飯器のスイッチを入れた」。座って一息ついているところを見た記憶がない。

ご飯に味噌汁、煮物、魚や肉の焼き物に漬物。食卓は典型的な和食だ。障害のあるおじいさんに一番おいしい部分を取り分けていた母が印象深い。「健康は食から」という意識が強く、実際に家族は病気とは無縁だった。その一方で、外食に強く憧れる気持ちも膨らんでいった。

念願の女優になり、1995年には日本アカデミー賞の新人俳優賞にも選ばれた。ところが、仕事が忙しくなるに連れて体調を崩し、20代に2回も入院してしまった。「東京にはジャンクフードから高級料理まで誘惑的な店がいくらでもあって。子供の頃からの夢だった外食についついはまってしまった」

■外食にはまり入院・手術

初めての一人暮らしなら誰しも、食の大切さを痛感させられる出来事があるだろう。でも、それが極端に表れた。母の和食のありがたみが身に染みつつも、誘惑に負けては外食三昧。40代で胆のう炎の手術も経験し、著しく痩せた。俳優になって母親孝行をするはずが、逆に自ら体を壊してしまった。「体が悲鳴を上げたんですね。自分の元気のもとは生まれた土地のお米や野菜だと思い知った」

2010年にフランス料理がユネスコの無形文化遺産に登録された時、シェフの三国清三さんとベルサイユ宮殿を訪ねる機会があった。宮殿の畑では三国さんが苗を持ち込んだ聖護院かぶらや賀茂なすなどの京野菜が育っていた。日本の食材を料理に取り入れるのがブームと聞いてうれしいような情けないような気持ちになり、「和食もきっと選ばれますよ」とテレビで話したことがある。その言葉通りに3年後、和食が無形文化遺産に登録された。

食を見直すきっかけになったもう一つの出来事がある。

15年9月。故郷の茨城や栃木、宮城を記録的な豪雨が襲った。鬼怒川が決壊し、目を覆いたくなるような映像がニュースで流れた。実家のある茨城県常総市は3分の1が水没、多くの犠牲者を出した。実家は被災を免れたが、家を失った友人も多い。田畑も激しく傷ついた。

この時、故郷の惨状を憂う気持ちとともに頭をよぎったのは「東京への食が滞るのでは」という心配だった。茨城は日本一の収穫量を誇る農作物が多いのだ。白菜、レタス、ピーマン、レンコン、水菜、メロン、栗。「茨城は東京の畑であり台所なんです」

■水害を機に故郷の農業支援

すぐ現地に向かい、被災者にお弁当を作り、畑に散らばる無数のがれきを手で拾った。茨城の田畑の復興は首都圏の食を支える。小学校時代の同級生約30人も駆けつけ、支援の輪が広がった。幼稚園の子供たちとトウモロコシの種をまいて一緒に収穫した。災害を通じて生まれたつながりは今も続いている。

旅や食の番組を通じて多くの農家や料理人と出会う。いつも心に響くのは「マイナスをプラスに変える力」だ。一例が京都のハモ料理。海が遠い土地でありながら、生命力の強いハモを何とか食に生かそうと特別な包丁を作ってまで高級料理に仕上げた。川の氾濫も土地を肥沃にする面がある。復興した茨城の田でとれた新米は、食べた人の幸せも願って「福幸米(ふっこうまい)」と名付けられた。

故郷のコメと手製のぬか漬け。家では体にいい当たり前の和食を食べる。自ら作れないものはプロのワザを外で堪能する。素朴な和食へのこだわりとぜいたくな洋食への憧れは変わらない。

「農業はものづくりだ」とつくづく思う。だから高くても、チョウチョウがいっぱい飛ぶ畑で、丁寧に無農薬で育てられた「顔の見える野菜」を買う。「食べる側が目利きになれば作る人も妥協しないでしょ」。そう信じている。

「アルシミスト」(東京・白金)の菊芋のスープ

■茨城の菊芋 スープに

プロの味を求めて出掛けるのが東京・白金の「アルシミスト」(電話03・5422・7358)。主に茨城県産の菊芋を使ったスープがお気に入りだ。ウニとトリュフと豚背脂の薄切りにスモークした牛乳が加わるぜいたくな一品。優しく深い味がメイン料理への期待を高める。オーナーシェフの山本健一さんは「海と山の素材をバランス良く組み合わせた」と言う。

妻でソムリエ兼ディレクターの麻希子さんは羽田さんと同郷の茨城出身。菊芋は見た目はショウガに似たキク科の野菜で「同じ素材でも毎回、調理法を微妙に変える」。アルシミストとはフランス語で錬金術師という意味。「行くたびに創作的なお芝居を見るようなんです」と羽田さん。家では味わえない至福の時間が、女優の仕事にも刺激を与えているようだ。

■最後の晩餐

ごく質素に一汁一菜がいい。ご飯とお味噌汁とぬか漬けかな。曽祖父が亡くなる時に「枕元に白湯だけ用意してほしい」と言って、何も口にせずに2週間程度で亡くなったんです。その死にざまが見事で。そんなふうに潔くきれいに逝けたらすてきだなって思っています。

(大久保潤)

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