規制の壁は感謝で越える 和製ドライブシェアCREW
Uber(ウーバー)やLyft(リフト)など、自家用車を持つ住民が運転手となり乗客とマッチングする配車サービスは、世界で広く浸透している。しかし日本には制度の壁もあり、普及には至っていないのが現状だ。そんななか、一歩踏み出した若い会社がある。「謝礼型」のドライブシェアサービス「CREW(クルー)」を展開するAzit(アジット、東京・港)だ。いったいどんなサービスなのか。どうやって誕生したのか。CCO(Chief Culture Officer:最高文化責任者)の須藤信一朗氏に小沢コージ氏が話を聞いた。
学生時代のビジコン仲間だった
CREWは2015年にスタートした配車サービス。スマートフォン(スマホ)アプリを利用して、自家用車に乗客を乗せたい人と乗りたい客をマッチングする。乗客はガソリン代や高速代などの実費、プラットフォーム手数料、そして任意の謝礼を支払う。支払いはクルマから降りた後にスマホアプリで行う。
小沢コージ氏(以下、小沢) 僕は18年、初めてCREWを知りましたが、「この手があったか?」と思ったんです。今はどれくらい普及してますか。
須藤信一朗氏(以下、須藤) 運営開始が15年10月ですので4年目を迎えましたが、運営エリアは徐々に広がってます。利用者数は非公開ですが、順調に増えていて、今だと山手線の南半分のエリアで、20~27時(深夜3時)までの時間帯に利用できます。
小沢 僕は3年前に米国で初めてUberを使い、これは革命的だと思ったのですが、日本導入は難しいということもすぐに分かりました。そもそも日本は二種免許を持ったプロドライバーの旅客業務が前提なので、一般ドライバーの営業は難しいですから。
とはいえ、今やタクシードライバーは軒並み60代以上になっていて、下の世代ではなり手がなかなかいないですし、郊外ではどんどんバス会社やタクシー会社が潰れている状態。このままだと日本の公共交通機関は間違いなく立ち行かなくなる。そんな状況に、CREWが謝礼モデルという新しいサービスで挑んだから驚いたんです。しかも須藤さんのように若い方が、有償運送業界の壁を突破してくれたのがうれしくて。開発に着手したのはいつごろですか。
須藤 15年春ごろから話をしていて、共同創業者の吉兼周優、十亀眞怜の2人は大学を卒業してすぐに、僕は一度中部電力に就職したのちにAzitに戻り、3人でつくり始めました。
小沢 CREWは学生時代から考えていたサービスなんですか?
須藤 Azitは大学在学中の13年に創業しましたが、当時は別のサービスを作っていました。吉兼、十亀は慶応義塾大学、僕は東京理科大学に在籍していて、12年ごろからスマホ用のアプリを作る仲間になったのですが、3人とも価値観が合うので楽しくて。
小沢 ある意味学生ビジネス的な。
須藤 当時はビジネスコンテスト(ビジコン)全盛期で、グリーやサイバーエージェントなど、さまざまな企業がビジコンを開催していて、僕らも数々のビジコンに応募し、いろんな賞をいただいていました。
3人とも理系学生ということもあり、プロダクトを作るのは得意でビジコンに勝てるようにはなっていったのですが、開発したサービスをビジネスとして成り立たせるのが難しい。例えば競合アプリやマーケットを全然理解できておらず、勉強し、サービスを作っては失敗する──ということを繰り返してました。
小沢 ではアプリを作ってすぐに成功したわけではなかったのですね。
須藤 徐々に醸成していった感じです。
小沢 いずれにしても、皆さんはクルマ業界に属していたのではなく、IT業界の若きスタートアップ企業だということですよね。どこでCREWの発想が生まれたんですか?
シェアリングは日本人に合っている
須藤 日本でいろんなサービスをつくっていくなかで、世界を見るとUberなどのシェアリングエコノミー系のサービスが加速度的に普及していくのに、日本ではまったくその風が吹かない。一方、自動運転やカーシェアリングなど、モビリティーの変化は必至で、その市場がとてもおもしろいと思いましたし、自分たちに合うサービスだなと感じました。僕らの世代はまさにシェアリングがあたりまえなので。
小沢 シェアハウスとかAirbnbとか。
須藤 僕自身、Airbnbのホストをやっていたんです。家を貸す側、つまりCREWでいう運転する「クルーパートナー」側ですが、Airbnbの場合、お客さんは部屋を返すとき無償で掃除してくれたりするんです。そうした精神的な充足感みたいなものは日本に合っている、と感じました。「おもてなし」と「ありがとう」が循環する日本人気質に。
小沢 なるほど。「感謝でつながるドライブシェア」か。もちろん日本にタクシー規制があるのは知ってましたよね。
須藤 そこで考えたのが謝礼モデルなんです。
小沢 謝礼の限界、利益の限界ってどこにあるんですか?
須藤 利益の限界は設けていませんが、CREWで運転するクルーパートナーに対し、ユーザーが間違えて料金を払い過ぎてしまうこともあるので、今は最高でも1万円にしています。
小沢 基本的に、旅客で利益を得てはいけないという規制はあるんですか?
須藤 そうではなく、道路運送法では事業側が料金を設定する場合、「旅客自動車運送事業社」として許可を受ける必要が出てくるのです。ただし「乗り手が任意で自発的にお金を支払う」ことに関しては、許可を受ける必要がないということです。
これまではアプリを使ったドライブマッチング自体に明確な決まりがなかったのですが、18年3月30日に「道路運送法における許可又は登録を要しない運送の態様について」という通達が出されました。同年12月には、国会でCREWに関する答弁が行われ、議員の方々からの質問に対し、国土交通省は「すでに通達に沿った内容でサービスを運営している」と答えていただいています。まずは都心でサービスを展開して実績を積みつつ、地方での実証実験も含めて進めていきたいと思っています。
目標は「地方の移動困難の解決」
小沢 18年8月には鹿児島県の与論島で実証実験を行いましたね(記事「車相乗り、じわり拡大」参照)。実際に稼働したCREWの評判はどうでした?
須藤 かなりの反響をいただきました。というのも与論島の場合、島のタクシーが8台しかないのに対し、観光客は年間7万3000人も訪れますし、特に夏場は多いので。
小沢 7万人を8台で! そりゃパンクするわ。
須藤 実際、クルーパートナーさんたちは、島を盛り上げたい一心で活躍してくださいました。なぜなら、これまでは事実上、旅館の方々が無料で送迎するしか手段がなく、かなりの負担になっていたんです。しかも与論島はガソリン代が1リットルあたり約180円もします。送迎を無料でしていたら、経営的にも厳しいわけです。
須藤 そこで、まずは実証実験でCREWの車を走らせてもらい、今は最終的に既存のタクシーなどとどう融合して運営していくかをデザインしているところです。
小沢 この手法は地方では絶対に必要ですよね。むしろ遅いくらい。
須藤 岡山県では18年春にバス会社2社の計31路線が廃止になって、移動手段の確保が本当に困難になってきています。そういった課題をシェアリングサービスで解決していくというのが目下の我々の目標です。
小沢 確かに地方や離島のほうが、露骨にドライブシェアが求められていると思ったのですが、ではなぜ東京で始めたんですか?
須藤 僕らが東京に住んでいて、最も身近だったからです。まずは無料でいいから誰が乗るのか試して、どのくらいニーズがあるのかを調べました。
今は収益よりプラットフォームづくり
小沢 なるほど。で、結局今はどういうシステムで、会社は利益をどうやって得ているんですか?
須藤 利益はこれからです。現状、料金は運転するクルーパートナーさんからはもらっておらず、乗った(利用者)側が支払う金額の内訳は、「実費と手数料と任意の謝礼」の3種類からなります。
実費はガソリン代や高速代です。手数料は「マッチング手数料」として1回のマッチングで20円、そして「プラットフォーム手数料」として1分ごとに20円が、運営会社である弊社に支払われます。謝礼は乗車後に任意で利用者が価格をゼロ円から設定でき、それをドライバーに支払う仕組みです。すべてアプリ上で完結します。
小沢 そりゃ、当分もうからないですね。
須藤 僕らは短期的なユーザー数の伸びや、ここ2、3年での収益は目指していません。良いプラットフォームをつくり上げていくところに注力しています。
小沢 クルーパートナーは実際どういう人がなるんですか?
須藤 クルマ好き、運転好きの人ですね。高級車や、なかにはオープンカーの方もいて、乗った人がすごく喜んだりして、クチコミで広がっているという現状です。
小沢 じゃ、僕もやってみようかな(笑)。
須藤 ぜひぜひ。小沢さんみたいな運転好きで、人と話すことが好きな方であれば、きっと楽しい体験ができると思います。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」、不定期で「carview!」「VividCar」などに寄稿。著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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