たとえば、著者が訪れた米国ポートランドの「ナイキ」では、靴のサイズを探すのに店員に声をかける必要はありません。店のWi―Fiに自分のスマホをつなぎ、気になった商品のバーコードをスキャンするのです。そこで表示される在庫の一覧からサイズを選べば、店員が持ってきてくれます。店員の端末でカード決済もでき、レジに並ぶ手間もないそうです。
(CHAPTER 2 欧米では今、何が起こっているのか? 90ページ)
消費者の問題解決、生き残りに不可欠
アパレル業界では「服は試着しないと買えないから、通販には限界がある。プロである店員の提案もお客のためになり、喜ばれている」という意見が根強くありました。ところが現実には、大事にしていたはずの店に顧客視点でITを導入するような会社は少なく、消費者は手軽なネット通販を利用するようになっていったのです。
古い体質が残る業界には、新たな波が次々に押し寄せます。アマゾンが始めた「服を家に届け、気に入った服を買ってもらう。残りは無料で返送」という有料会員向けサービスは、そのひとつです。また、ファッション通販サイト「ゾゾタウン」を運営するZOZO(ゾゾ)が特製のボディースーツを介して、ユーザーが自宅で体のサイズを測れる仕組みをつくったのも「試着問題」へのひとつの答えといえるでしょう。
アパレル業界での生き残りのカギは、スマホにあると著者は強調します。消費者の視点で店を見直すと、持っている服とのコーディネート、失敗した服の処分、レジ待ちや店員への声掛けのストレスといった悩みが多いことに気付きます。ITをうまく使い、お客の悩みにいち早く答えた企業が勝者になり、顧客との接点を強くし、データを集め、より良いサービスを提供できるようになると著者は分析します。
そして、おおよそ10年周期の転換期ごとに革新者が現れては、時代に合った潜在需要を満たし、ますます顧客最適へと向かっていき、決して逆戻りはしないのです。この流れはきっとアパレルマーケットに限った話ではなく、多くの業界に言えることではないでしょうか?
(EPILOGUE 消費者が主役になる世界 286ページ)
本書には、ほかにもメルカリや「ZARA」といった注目企業やブランドが登場します。新しいアプリやサービスの動向、日本ではあまり知られていない英国のウルトラファストファッションなど新潮流の紹介も盛りだくさんです。異業種からの参入障壁が低いとされるアパレル業界の激動を読み解くことは、ほかの業界で働く人にも参考になり、将来の消費のあり方を考える手がかりになるでしょう。
◆編集者からひとこと 雨宮百子
著者の斉藤さんとは、18年夏に日経文庫で出版した『ユニクロ対ZARA』で初めてご一緒しました。その編集の過程で「ZOZOやメルカリ、アマゾンなどの企業が加わり、これからのアパレルはどうなるのか」という話になり、たいそう盛り上がりました。斉藤さんが唱える「ファッション流通革新10年周期説」でみても、日本の業界は大きな変革の節目を迎えているのです。
米国や英国での斉藤さんの取材は、大小様々な変化を的確に捉えていて、その報告を聞くのがいつも楽しみでした。特にITがもたらす買い物の大きな変化は、お店の人への応対やレジ待ちの時間が苦手な私にとっては朗報でした。アパレル業界の未来は悲観すべきことだけではありません。買い物がさらに楽しく、便利になる未来もありうると教えてくれる一冊です。