ビール低迷、原因は「とりあえず生」 キリンHD社長
キリンホールディングス社長 磯崎功典氏(上)
業界全体の出荷量が14年連続で前年を下回る状況が続くビール類市場。この中で、新ジャンルビール類「本麒麟」のヒットにより、2018年は一人勝ちとなったのがキリンビールだ。
――磯崎社長のご実家は神奈川県小田原市のミカン農家ですね。それで農業とか「食」に関心があってキリンビールに入られたのですか。
それはないですね(笑)。ただ、ミカン畑には思い入れがあります。5、6歳の頃からやっていましたから、もう60年になります。最近は、近所の農家の方が「どうしたらこんなにおいしいミカンができるのだ」と聞きに来られます。
――専業農家でもないのにですか。
ここ20年くらいは一生懸命勉強しましたからね。やはり、土と剪定(せんてい)です。ミカンの木は上に伸びる性質があるので、剪定をして枝を横に広げ、まんべんなく日が当たるようにします。どの枝を落とすかは勘と経験ですね。古くなった枝を落とそうとしたら、ベテランから「それは残せ」と言われたり、若い枝なので期待していたら、全くダメだったりと、会社の人事につながるところがあります。木と対話をしながら育てていく。
――ミカン畑の手入れをしながら、会社の人事に思いをはせているわけですね。
キリンでは今、クラフトビールに力を入れていまして、横浜工場にミニブルワリーを造ったほか、東京・代官山に「スプリングバレーブルワリー東京」という、料理と一緒にクラフトビールを楽しめる店を出しました。ここのビールも横浜工場から運ぶのでは面白くないと、店内に醸造プラントを置きまして、醸造の専門家が毎日造っています。
この中に「みかんエール」というのがありまして、これに使うミカンは、うちの畑のものを無償で提供しています。彼らを昨年12月の収穫期にミカン畑に招いたところ、「磯崎さん、今年はこれにユズを入れてみたい」と言うので、「ユズの木もたくさんあるから、好きなだけもいでいったらいいよ」と、持って帰らせました。こんなことをしているから、私のミカン作りのモチベーションも上がるわけです(笑)。
――キリングループではビールのほかにもワイン、ウイスキー、さらには医薬品など色々な分野の商品をお持ちですが、今後「食」ということに対しては、どのように向き合っていこうとお考えですか。
本当は食品分野もやりたいのですが、それをやると力が分散してしまう。ただ、「食」を理解することは大事だと思っています。クラフトビールというのは、一般的なビールと違い、料理との組み合わせがものすごく大切なのですね。代官山の店でも、ワインと同じで、それぞれのクラフトビールに合った料理をお薦めしていますし、従業員はそれを必死になって勉強しています。
――ワインでいうところの、マリアージュですね。
まさにその通りです。うちは飲食店・業務店でも売ってもらっていますので、お店の方にただ「ビール売ってください、ビール売ってください」と言ってもだめなんですね。料理と合わせる形で、メニュー上でも提案していく。これまでの飲食店のメニューには「生・中」とか「生・大」としか書いていなかった。これがビールの魅力を落としてきた要因の一つになっていると私は考えています。
昔はそれでよかったかもしれないけれど、世の中が豊かに、個性化してきた中ではこれではだめです。少子高齢化だの、若い人があまり酒を飲まなくなってきているなどと言っていますが、ビールの市場が縮小したことには、ビール会社の責任もあります。「とりあえず生!」にただ応え、同じようなタイプのビールをいろいろと出して、価格競争だけ。これではいけませんね。これからは「この料理には、このビールをいかがですか」といった売り方をしていかなければいけない。そういうふうにしていくことで、もう一度ビールに振り向いてもらえるようにすることが大切ですね。
――以前、大手居酒屋チェーンの社長が、ビール会社の営業担当者に「ビールだけ運んで来るんじゃない。情報も一緒に運んで来い」と言っていたことを思い出しました。
そうなんです。「この料理は少し味が濃いので、チョコレート味のする、この黒いクラフトビールが合うと思います」といった売り方です。先ほど申し上げた代官山の店では、クラフトビールのことと同じくらい、従業員は料理の勉強もしています。お客様は圧倒的に女性です。女性はお酒を飲むためだけにいらしているのではありませんからね。
6種類のクラフトビールと、それぞれに合う料理を組み合わせたセットを2300円でお出ししているのですが、これがよく出ています。試飲セットみたいなものですが、これで火がつくと、お客様はどんどんクラフトビールを注文してくださる。「このビールとこの料理の組み合わせで」なんてね。
――客単価が上がりますね。
火がついているから止まらない(笑)。ワインもそうですが、日本酒も料理と一緒に飲みますよね。ビールだけガブガブ飲むような外国人でも、日本で焼鳥屋さんに連れて行くと、お酒と一緒に焼き鳥を食べて「これいいね」なんて言うんです。やはりお酒は食事と合わせて楽しむものです。キリンはお酒からは離れられないし、メインの事業として食品の展開はできないけれど、「食」ときちんと向き合いながらお酒を売っていこうとしているわけです。
――今はクラフトビールがブームになっていますが、本来クラフトビールというと、小規模な醸造所で多品種少量生産したものを売っていくものと聞いています。キリンビールのような大企業が造るクラフトビールというものには、少し違和感があるのも事実です。
そうですね。ただ、小規模の生産者の方は、あらゆることで制約があります。原材料、缶やびんといった資材の調達は大変だし、大企業に比べると高くついてしまう。物流ルートの確保もたいへんです。例えばコンビニエンスストアでも、小規模な醸造所が全国から売り込みに来ても困るでしょう。成功して規模を拡大することになっても、資金調達が大変です。
そこで「タップ・マルシェ」という、3リットル入りの特殊なペットボトルを4本組み合わせたビールサーバーを開発し、小規模なクラフトビールメーカーが使いたいと言ってくれば提供するようにしています。これを飲食店に置けば、4種類のクラフトビールを提供できるわけです。もちろんタダではないから、うちもビジネスになる。小規模メーカーの方は販路の拡大がしやすくなる。
クラフトビールの魅力は種類の多さです。キリンだけでは限界がある。だから、小規模醸造家の方たちと協力する形で、クラフトビールの魅力、市場を広げていこうとしています。星野リゾートの星野佳路氏が創業したヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)には、キリンが3分の1出資しています。
――20年以上も前になりますか、今のクラフトビールに近い形の「地ビールブーム」というのがありましたね。
ありました。あれは品質が低すぎましたね。私も飲んでみて、「これ臭いな」と言ったら、醸造の専門家が「それ、発酵不良です」と言っていました。あのとき、キリンは一切手を出しませんでした。では、なぜ今クラフトビールに力を入れているかというと、お客様がマスプロ・マスセールスの商品に興味を示さなくなってきたからです。
大量生産し、テレビで大量のCMを投入すれば売れる時代は終わったのです。もちろんそれでヒットする商品がないわけではありませんが、ビール類に関しては、お客様はそれぞれ、自分に合ったものを求めている。それに応えなければいけない時代になってきていると思います。
――次回は、日本人のビールの味の好みの変化や、キリンの今後の取り組みについてお聞きします。
1953年生まれ。77年慶応義塾大学経済学部卒業。同年キリンビール入社、神戸支店業務課配属、87年海外留学(米国)。94年経営企画室室長代理、96年マーケティング本部マーケティング統轄部企画担当部長代理。98年キリンホテル開発。2001年キリンビール広報部報道担当部長代理、04年サンミゲル社取締役。07年キリンホールディングス経営企画部長。08年執行役員経営企画部長、10年常務、12年キリンビール社長。13年キリン社長兼キリンビール社長、15年キリンホールディングス社長兼キリン社長。
(ジャーナリスト 加藤秀雄)
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