「転勤は当たり前?」 企業は総合職優位を見直そう
ダイバーシティ進化論(出口治明)
早くも北陸で春一番が吹いた。春は転勤が話題になる季節。ある大企業の人事担当役員がこうぼやいた。「我が社に地域限定社員がいる。なぜ、転勤を嫌がるような、わがままな社員を職務は同じだからと転勤ありの総合職と同様に扱わなければいけないのか」
彼のように「会社都合で自由に転勤させられる総合職こそ厚遇すべし」との考えは、人材評価の判断として根本がゆがんでいる。欧米企業を見よ。転勤の対象は経営者か希望者だけだ。
百歩譲って高度成長期なら、様々な拠点で経験を積む意味もあっただろう。「一括採用の終身雇用」が前提だったからだ。だが、その前提は崩れ、雇用の流動化が求められている。ひとつの職場で複数の拠点を経験するより、専門性を磨く方が人材価値が高まる場合も多くなってきている。
以前、政府の審議会で政府系の金融機関を巡り、某知事のこんな発言を耳にした。「せっかく良い仕事をする優秀な人が来ても、すぐ転勤してしまう。在任期間を延ばせないか」。僕に言わせれば、在任期間を延ばしたところで五十歩百歩。本気で地域おこしを考えるなら、転勤族に頼るより、優秀な人材に地方で力を発揮してもらえる方法を根本から考えた方がいい。
人間の生活は地域と結びついている。今や職務と並び、生活もキャリアとみなす時代。「アフター5はメシ・フロ・ネル」だけではないのだ。さらに多くの人にはパートナーがいて、そのパートナーも働いている人が多数派だ。こうした変化を踏まえずに「辞令一つで転勤してこそ一流の社員」と考えるのは想像力不足もいいところ。求める人材像があまりにも古い。
もちろん、各地の拠点で経験を積みたい希望者は転勤すればいい。それだけで足りなければ地域の人材を登用する手も。その方が地元人脈が生きて地域の雇用も活性化するなどメリットは大きいだろう。
ダイバーシティ(人材の多様性)で女性の活躍を促すうえでも転勤はネック。だが、人材の育成策はいろいろあり転勤を前提としなくていい。ライフスタイルの変化に合わせ柔軟な人事施策を進めるうえでも、転勤の有無で人材の優劣を判断するのは不適切だろう。公正な評価はダイバーシティ推進のカギ。地域限定で働く優秀な人材はたくさんいる。まずは総合職こそ優位とみなすような企業文化から見直してはどうか。
立命館アジア太平洋大学学長。1948年生まれ。72年日本生命に入社、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを務める。退社後、2008年にライフネット生命を創業し社長に就任。13年から会長。17年6月に退任し、18年1月から現職。『「働き方」の教科書』、『生命保険入門 新版』など著書多数。
[日本経済新聞朝刊2019年2月18日付]
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