経営危機乗り越えた 丸井社長の「問い掛ける」指導法丸井グループ 青井浩社長(上)

丸井グループの青井浩社長
丸井グループの青井浩社長

ファッションビルやカード事業などを手掛ける丸井グループは、国内消費が伸び悩む中で9期連続営業増益と快進撃を続ける。創業家3代目の青井浩社長は就任後に貸金業法改正やリーマン・ショックが重なり、「つぶれそうになった」ことが会社を大胆に変える契機になったと振り返る。経営危機で発揮された「問い掛けるリーダーシップ」とは。

会社と社員の信頼関係が壊れた

――2005年に社長に就任した後は2度の最終赤字に陥り、苦しい業績が続きました。

「赤字の直接の要因は外部環境の変化ですが、それ以前からの内部の問題が相当深刻でした。やたらと組織や人をこねくり回して、それでも苦しいから03年に抜本的な制度改正に踏み切って成果主義を導入したり、販売の社員を別会社に転籍させたりしたのですが、これがもう惨憺(さんたん)たる結果で」

――社内はどんな雰囲気だったのですか。

「制度がコロコロ変わるため、会社と社員の信頼関係はほぼなかったと思います。そこに06年の貸金業法改正という想定の3倍以上のマグニチュードの激震が襲ってきた。上限金利の引き下げなどで金融・カード事業が大打撃を受け、絶体絶命。いつつぶれてもおかしくない、いつ競合から買収されてもおかしくない状態でした」

「ところが社内の雰囲気は『ヤング・ファッション・赤いカード』という1980年代の成功体験が忘れられず、これを変えたら丸井じゃなくなる、と変化に対する抵抗がすごく強かった。過去の成功が会社のアイデンティティーになってしまっていたんです」

――どうやって変えていったのでしょう。

「まず、丸井の歴史をひもといてみました。もともと家具・家電の月賦販売の会社でしたが、暮らしが豊かになるのに合わせ、主力事業をヤングファッションに切り替え、それが大当たりして80年代の黄金期を迎えます。つまり丸井は最初から“ヤングの会社”だったわけではないんです。お客様や時代に合わせて変わっていけるのが丸井なのです」

「本当は賞味期限切れのビジネスモデルを時代に合わせて変えるという、王道の改革をしないといけなかった。ですが、そこには踏み切れず、人を代えたり、組織をいじったりしたことによって、良き伝統だった家族主義的な雰囲気とか、お互いに教え合ったり助け合ったりする企業風土が壊れていったわけです」

――07年に制度を元に戻し、純粋持ち株会社に移行した際、社員に手紙を出したそうですね。

「全員が丸井グループの社員だということを明確にしました。手紙で伝えたかったのは制度うんぬんより、社員一人ひとりの人生の問題だということです。働くってどういうことか、職場って我々にとって何なのか。原点に立ち返って、変化していく力が丸井グループのアイデンティティーなんだと粘り強く話をしました」

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