えっ!鶏肉にチョコレート? メキシコの魅惑のソース
「チョコレート」といえば甘いお菓子の代名詞のようなもの。しかし、メキシコには「モレ・デ・ポジョ」とか「ポジョ・コン・モレ」と呼ばれる、鶏肉に甘くないチョコレートソースをかけて食べる料理がある。
「えっ! 鶏肉にチョコレート!?」と最初はかなり違和感を抱くのだが、食べてみるとホロ苦さがなんともいえずクセになる不思議な味だ。
「モレ」とはメキシコ料理で「ソース」のことを指す。北米やメキシコの先住民の間でもっとも広く話されていた「ナワトル語」で「ソース」を意味する「molli」「mulli」から来ている。トルティーヤ・チップスにつけて食べるアボカドのペーストを「ワカモレ」と呼ぶが、その「モレ」と語源は一緒である。
モレにはいろいろな種類があり、チョコレートが入ったものは「モレネグロ」とか「モレ・ポブラーノ」と呼ばれる。ネグロはスペイン語で「黒」、ポブラーノは「プエブラ州の」という意味。
もともとはこの地域の伝統的な料理だったが、今ではメキシコ全土や米国にも知られている。そして、「モレ」といえば、一般的にはチョコレート入りのモレネグロを指す。
「ポジョ」(人によってはポヨと発音)はスペイン語で鶏肉のこと。「デ」は英語でいうところの「of」、「コン」は「with」の意味なので、「モレ・デ・ポジョ」「ポジョ・コン・モレ」は「鶏肉のチョコレートソース」とか「鶏肉のチョコレートソース添え」ということになる。
このモレはメキシコ人にとってどうやら特別な存在のもののようだ。それを知ったのはメキシコのカンクンに行ったときのこと。メキシコ料理といえばトウモロコシの粉をクレープ状に焼いたものに肉やシーフードや野菜をはさんだ「タコス」が有名だ。しかし、ガイドブックによれば、メキシコ料理にはほかにもおいしいものがたくさんあり、「モレ・デ・ポジョ」もそのひとつということだった。
チョコレートが入ったソースだという説明を読んで若干引いたものの、レストランで注文してみることにした。メニューも見ずに「モレ・デ・ポジョを食べたいんですが、ありますか?」と言うと、店の人の目が輝いた。「よくぞ聞いてくれました!」といわんばかりである。
「もちろん、ありますよ。うちのモレは特別なんです。いろいろなスパイスやナッツを使って丸1日煮込んであります。複雑な味がしてとてもおいしいんですよ!」
というような説明をしてくれた。運ばれてきたモレ・デ・ポジョは見た目はデミグラスソースをかけた鶏肉のよう。しかし、ソースを一口なめてみると想像を裏切られる味。チョコレートの風味が鼻をつき抜ける! しかし、甘くない! え、え? チョコレートの香りはするのに味はチョコレートじゃない!! と脳がちょっと混乱する。
そして、次にホロ苦くて、タマネギのやさしい甘みやトマトのかすかな酸味、トウガラシの辛さ、塩気と鶏肉のうま味、つまり味覚のすべてが口の中に広がる。考えてみればこんな複雑な味、今までに味わったことがないかも。やがて「あれ? これ嫌いじゃないかも!」と思えてくる。
ほかの店でもモレを注文したが、その店でも「うちのモレは特別です」と胸を張る。タコスに関してはウンチクを語られることはなかったが、モレに関しては店ごとに一家言があるようなのだ。
モレは数種類のトウガラシ、アーモンドやピーナツ、ゴマなどのナッツ類、レーズンなどのドライフルーツ、シナモン、オレガノなどの香辛料ほか、20種類以上の材料が使われている。それだけに店ごと、家ごとに「隠し味」があるのではないか。ちょうど日本の家庭におけるカレーのようなものかもしれない。
メキシコに甘くないチョコレートのソースが存在するのはチョコレートの歴史を考えれば実は不思議でもなんでもない。
カカオというとガーナなどアフリカ発祥というイメージがあるかもしれないが、意外なことにメキシコが原産地である。紀元前2000年ごろにはすでにカカオを栽培していたらしく、先住民たちはカカオをすりつぶしたものにバニラやとうがらしを入れて飲んでいたようだ。
それがヨーロッパに渡ったときに、飲みやすいようにとトウガラシが外され、砂糖や牛乳が加えられた。最終的には現在のような固形のチョコレートにする技術が発明されたという。
だから、昔のメキシコの先住民が今のチョコレートを見たら、「甘いチョコレート? 気持ち悪い!」と思うのかもしれない。
さて、最近では日本のスーパーやコンビニでもカカオ含有量が70パーセントを超える甘くないチョコレートが手に入るようになった。まさにモレを作るのにピッタリである。日本で手に入りやすい材料で、簡単にモレを作れるようにアレンジしてみたので、紹介しよう。
鶏モモ肉 2枚 / タマネギ 1個 / ニンニク 1片 / チリパウダー 小さじ半分 / ピーナツバター 大さじ1 / クミン 小さじ1 / シナモン 小さじ1 / トマト缶(ホールでなく、トマトが小さくカットしてあるもの) 半分 / ワイン(赤でも白でも)100cc / チョコレート 20グラム / 塩小さじ 2杯 / コショウ 少々 / オリーブオイル 適宜 / ご飯 2膳分
(1)タマネギとニンニクはみじん切りにしておく
(2)鶏肉に塩・コショウ(分量外)をして、フライパンでオリーブオイルをしいて中まで火が通るまで両面をよく焼く
(3)鶏肉を取り出し、同じフライパンにオリーブオイルをしいて、(1)をじっくりいためる
(4)クミンとシナモンを加えて香りがたつまでいためる
(5)ワインとトマト缶を入れ、ピーナツバターとチョコレートを加えてよく溶かす
(6)蓋をして煮詰め、水分が少なくなったらチリパウダーや塩・コショウで味を調える
(7)焼いた鶏肉をフライパンに入れて火を弱火にし、蓋をして10分ほど煮たら、できあがり。皿に盛って、ご飯を添える
以上である。本来はナッツをすりこぎでつぶしたり、レーズンやトウガラシを水でふやかしてミキサーで細かくしたり、かなり手間がかかる。今回はミキサーがない家でも作れるように、またフライパンがひとつしかなくてもできるように簡略化してみた。
ミキサーがあればレーズンやトウガラシ、アーモンドなども加え、さらに複雑な味に仕上げてもよい。
ポイントはカカオ含有率70パーセント以上のチョコレートを使うこと。苦味、甘味、酸味、辛味、塩味のすべてがそろっているのがこの料理の特徴なので、甘いチョコレートを使うと、甘味が突出して料理のバランスが崩れてしまう。
日本のメキシコ料理店でもこの料理は食べられるので、まず本場の味を試してから作ってみるのがいいかもしれない。チョコレートと鶏肉の不思議な組み合わせ、是非味わってみて。
(ライター 柏木珠希)
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