就活ルールの見直し「変更はできるだけ小幅に」
就活教室 どうなる21年卒(3)
10月9日、経団連の中西宏明会長が経団連主導の「就活ルール」を廃止すると正式に表明した。今後は政府主導で、新しいルールが検討されることになる。岡山大学教授で同大のキャリア教育や就職活動サポートで責任者を務める坂入信也・学生総合支援副センター長に「今後のルール見直しはどうあるべきか」をテーマに寄稿してもらった。
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経団連・中西会長の「就活ルール廃止」に関する発言をきっかけに「新卒一括採用」を基とした日本的雇用慣行の転機となる議論が起きている。多くの時間を費やさなければならない問題だけに、タイムリーな問題提起であったといえる。中西会長による9月はじめの「就活ルール見直し」発言で、猛スピードで変化するグローバル時代にそぐわなくなってきた日本の雇用制度に対する違和感が改めてクローズアップされているが、それは産学双方が特にここ数年持ち続けている感覚である。
中西会長が「経団連が採用日程を采配することには違和感を覚える」のは当然のことである。新卒一括採用は終身雇用、年功序列を前提とした仕組みだ。それゆえ、日本型雇用が大きな変革期を迎えている今、新たな雇用制度の構築を経団連の決定だけに委ねるのではなく、大学、政府、そして社会全体の問題として直視し議論を進めていくことは関係者の総意であろう。もちろん、その中には人材確保のひとつの方法としての新卒採用も当然含まれる。
新しいルールを一刻も早く示すのが政府の責務
しかしながら今回の発言の中で、これから社会人となる学生のキャリア構築において、実際に大きな影響を与えてしまう新卒「就活ルール廃止」論だけがクローズアップされ論じられている現状には危惧を感じる。山口宏樹埼玉大学長は、時代の変化を踏まえたルール見直しの必要性を認めたうえで「急に変えるのは難しいのではないか。しっかりした議論、準備と学生への周知が必要」との考えを示された。山口学長の発言通り、時代の変化に対応した雇用形態の構築と大学教育の在り方についての全体での議論を急がなければならない。
就活のあり方について世の中の関心が大いに盛り上がってきたところで、10月9日には「経団連主導の就活ルール廃止」が決まったとのニュースが入ってきた。このこと自体は中西会長が最初から発言しているとおりだと信じたい。つまり、就活ルールが経団連主導で進んでいる現状を否定しているだけで「経団連としてもルールは必要との理解が主流であり今後の議論に積極的に参加していく」というスタンスだ。
いずれにしろ企業にとっても、2年後にいきなり新卒一括採用をやめて、それに代わる効果的な採用手段がすぐに見つかることはない。だから、日本型雇用制度の中長期的な展望を議論しながらも、まずは政府主導で経団連、就職問題懇談会との調整を図り2020年以降の一定のルールを一刻も早く示す必要がある。
新卒一括採用は終身雇用システムに適した方法だ
ここでは、新卒一括採用について、学生の就職活動を支援する立場からあらためて個人的な見解を述べることにする。企業側も学生側も双方がメリットと感じる部分は、活動の一定のルールが決まっていることにより、お互いに多くの選択肢の中からマッチングを決断できることがひとつ。さらに、通年採用よりも活動の効率が良いこと、そして入社後の教育やキャリアプランを作りやすいことなどが挙げられる。
もちろんデメリットもある。新卒採用のタイミングを逸したり、思うような結果が出なかった場合にやり直しがきかない一発勝負であるため、その後のキャリア構築においても少なからず影響がでてしまうのも事実だ。しかし新卒一辺倒の採用はとっくに終了している。今は、新卒採用がまずあって、かつ中途採用も並行して積極的に行われている。再挑戦のできる社会に近づいているのである。そして学生にとっての新卒での就職活動は一生の決断ではなく、キャリア形成の最初の選択として考えることが重要なのだ。
これまでの日本社会でのキャリア構築とは、ひとつの企業の中で約40年間の様々な経験から適性を理解し、企業とともにデザインしていくものだ。大学でのキャリア支援は就職活動支援と同義語であった。しかし、終身雇用は多くの企業で崩壊し、今や新卒で就職した大学生の3人に1人が3年以内に離職する状況だ。時代と自分自身の成長により変化していくキャリア構築のための基礎的思考の醸成の場としては、世界でも稀な採用システムである新卒一括採用は大変適しているといえる。
そして新卒一括採用という言葉がすべての学生を指すのではなく、専門的な知識やスキル、語学力、発想力、体力などの一定条件を備えた学生に対しての「自由市場」であれば、学生の努力の方向性は定まる。何も成し遂げていない低学年に対しての企業の「青田刈り」はなくなるというのが理屈ではあるのだが、しばらくは学生の可能性のみを重視した採用が続くのも現実であろう。
企業の通年採用が「就活」の長期化を防ぐ
また、今の新卒採用において最も問題視しなければならないことは、就職活動の長期化なのである。昨今はミスマッチ解消や学生時代に社会性を身につけることを目的に日本でもインターンシップが一般化しつつあり、就職活動の長期化に拍車をかけている。現在、事実上の就職活動のスタート(就職ナビ情報解禁)は、卒業前年度の6月だ。そこから約1年後の内定まで就職活動が続いている。本来は通年採用の就活方法であるはずのインターンシップが、日本式新卒一括採用の中に組み込まれていることが就活の長期化の原因となっている。
もともとインターンシップが就職活動の手段となる欧米では、休学や長期休暇を利用して行うのが通常である。卒業単位の積み重ねで在学年数が決まるため、インターンシップも考慮した就学計画を立てることが可能だ。しかし4年間のカリュキャラムがぎっしり組まれている日本の大学では、長期インターンシップにより学業や大学生活に支障をきたすことは避けられず、特に地方大学にとってはさらに影響が大きい。
企業主導の長期インターンシップを機能させるには、まずは企業の通年採用が絶対条件であり、同時に大学は就学計画の自由度を上げ、通年での卒業を可能にする必要がある。こうした現状の中で、直ちに新卒採用のルールだけを変更したとしてもどこかで齟齬を生じることは間違いない。そして社会的交渉力の弱い学生がその弊害を最も受けてしまうのであれば、日本型雇用制度変革の議論は急ぐとしても、その間の新卒採用のルールについてはできる限り変化が少ない見直しで凌ぐべきである。
なお、地方の国立大学で就活のサポートをする立場から是非とも指摘しておきたい問題がある。それは公務員就職の現状だ。団塊世代の退職期である今は、まさに公務員受験超バブル期なのである。特に地方公務員を目指す学生は急速に増加している。どれほどすごいかを岡山大学の昨年の実績で示せば、公務員志望者向けの大学の受験講座で1年間勉強をつづけた学生のうち、筆記試験でどこの受験も通らなかったのが296人中わずか1人だったのである。
団塊世代の退職に伴う大量採用は、全国で同様の状況があと数年は続くであろう。だが、そこから先は人口減少による縮小する日本国において公務員数が増えることは考えられない。予算行政の難しさではあるが、それこそ政府主導の指針を示しすべきだ。このままでは、公務員の世界で極端な年齢のアンバランスが生じることになる。つまり新卒採用の枠を半分以下に抑えたうえで、全体の雇用バランスを考えた中途採用にすぐにでも切り替える必要があるのではないだろうか。
(岡山大学教授・学生総合支援副センター長・坂入信也)
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