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「東京パラリムピック噺」なら、主人公はお医者さん

2019/2/17

NHKの大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)」。日本が初めて五輪に参加した1912年ストックホルム大会でマラソンを走った金栗四三氏と、64年東京大会招致に奔走した新聞記者の田畑政治氏を軸に物語は展開する。もし64年東京パラリンピック開催にも触れるなら、はずせない登場人物は中村裕医師だろう。

大分県の国立別府病院整形外科医長を務めていた中村医師は、60年に英国の病院に留学。病院名を冠した、リハビリのための障害者スポーツ大会「国際ストーク・マンデビル大会」を催していたグットマン博士の薫陶を受けた。「障害者が激しい運動なんてもってのほか」という考えが大勢だった日本に英国流を持ち帰り、61年に大分県で身体障害者体育大会を開催する。

折しも東京五輪の準備が進んでいる最中だ。グットマン博士から五輪の後にマンデビル大会を開けないかという提案を受け、中村医師らが国際身体障害者スポーツ大会準備委員会を結成したのが62年5月。7月に英国で開かれる第11回マンデビル大会に日本選手を初めて派遣した。これをきっかけに東京パラリンピック開催機運が高まり、翌年には運営委員会が結成され、64年11月に開かれた本番で中村医師は日本選手団団長を務める。

その後、アジアパラの前身の大会を創設、大分国際車いすマラソンを始めるなど、84年に57歳で生涯を閉じるまで障害者スポーツに情熱を傾けた。中村医師の長男で大分中村病院の中村太郎理事長は「父の時は五輪とパラはバラバラだった。来年の東京大会はオリパラ一体なので両方の価値を高め、多様性を認める社会という成果を出してほしい」と話している。

(摂待卓)

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