写真はイメージ=123RF今月のマネーハックは実は怖い「物価上昇」の足音について考えてみようというのがテーマです。
私たちの周囲では名目上の値上げだけでなく、「内容控えめ」という実質値上げも行われており、もしかするとすでに物価上昇時代に突入したのかもしれないと先週お話ししました。
そして家計防衛のためには、まめに商品の価格をチェックしてなるべく安く買い物をすることだと述べました。
もう一つ重要なのは賃上げです。実はこちらも物価の上昇をにらむと上がったと喜んでばかりはいられないのです。
■今年も賃上げの期待は高まっているが……
2月6日付日本経済新聞朝刊に「春季交渉、労使トップ会談 賃上げ『手法』で攻防」というタイトルの記事が掲載されました。交渉に当たり、経営側は年収ベースの引き上げや総合的な処遇改善を強調し、労働組合側はベースアップ(ベア)と賃金の絶対水準を重視しているそうです。
一般的なスケジュールでは大手企業の労働組合は2月中旬に経営側に要求を出し、3月13日の集中回答日に向けて労使交渉が行われます。いわゆる春闘です。会社員としては自分の給与が上がるかどうか気になるところです。
就職情報サイト「マイナビ」の正社員で勤務する25、30、35歳の転職意向のある男女495人を対象とする「ベースアップに関する実態調査(2018年)」によると、18年春にベースアップがあったとの回答が34.7%(ベースアップと定期昇給両方あったを含む)に上りました。これに定期昇給だけあったとの回答を加えると18年春は67.0%が給料が上がったといいます。
過去3年間をさかのぼっても毎年おおむね60%で給料が上がっていることになり、「最近は給料が上がっている」と感じている人が増えているのではないでしょうか。
今年も賃上げを期待している人も多いはずです。しかし、そこは要注意です。
■インフレ対応として重要なのはベースアップ
定期昇給とベースアップというのは私たちにとってはどちらも「給料増」ですが、企業の給与システムにおいては意味合いが違います。
一般に定期昇給というのは年齢や勤続年数など一定の条件に基づき給料がアップする仕組みです。簡単にいえば1歳年を取ったら基本給が月2000円上がるというように決めてあります。
基本的には長く勤めるほどビジネススキルは高まっていきますから、それをシンプルに年功で反映した仕組みといえます。
もちろん、厳密に能力評価を行い、能力向上が確認された場合にのみ昇給が認められる会社もあります。この場合、年齢にかかわらず早く昇給することもありますし、評価が上がらなければ昇給しないこともあります。いわゆる能力主義の賃金体系です。
これに対して、ベースアップというのは全社員の賃金水準を底上げするものです。定期昇給がなくてもベースアップが2000円あれば給料が増えることになります。社員の目線で考えると「(定期昇給)+(ベースアップ)」が賃金の上昇になります。
今月のテーマは物価上昇ですが、インフレ対応でより重要になるのはベースアップということになります。インフレは誰にでも等しくやってくるものだからです。
■プラス回答だからといってお祭り騒ぎしない
労働組合にとって賃金水準が据え置かれたり、賃下げされたりすることは残念なことです。特にここ20年くらいは厳しい交渉が続いてきたので、賃上げが獲得できれば喜ばしいことでしょう。経営側からプラス回答が出て、勢いづく気持ちもよく分かります。
しかし、そのプラス回答は物価上昇がほとんどゼロであった場合には実質的にプラスでしたが、物価が上がり始めたらどうでしょうか。
物価が2%上がる時代が来たら、ベースアップ2%を獲得しなければ実質賃下げになってしまいます。商品の価格上昇に賃上げが追いつかなければ、購買力は落ちてしまうからです。そういう時代がこれからやって来るのかもしれません。
そう考えるとプラス回答ならお祭り騒ぎという状況ではなくなります。「昨年の物価上昇をキャッチアップする」のが春季交渉の大事なテーマですし、「今年の物価上昇も織り込めるなら織り込んでおく」くらいの気持ちを持ち続ける必要があります。
もちろん、60歳代前半の処遇改善、65歳以降の雇用確保、非正規社員の正社員転換、あるいは残業抑制や有給休暇が取得しやすい職場改革なども実質的な賃上げに通じる大事なテーマです。在宅勤務などの働き方改革も重要なテーマになるでしょう。
そしてもう一つ、これからの労働組合の交渉課題になり得る大切なテーマがあります。「退職金水準の引き上げ」です。
かつて高度成長の時代、初任給が毎年にように上がったのは景気がよかったというだけでなく、そもそも高いインフレが生じていたいからです。その頃は賃上げと同様に退職金水準の引き上げも大きな交渉テーマでした。労働組合にはこちらも忘れず頑張ってほしいと思います。
■家計は合理的かつ現実的な考え方で管理
会社員個人の目線で考えてみます。私たちは数十年なかったインフレのステージにこれから入りつつあるのかもしれないという意識をそろそろ持ち始めておく必要があります。
それはつまり、「賃上げが実現したからといってむやみに財布のひもを緩めて散財してはいけない」ということです。決してぬか喜びしてはいけません。
「やあ、毎月の給与が5000円上がった。さて、家賃が5000円高い部屋に引っ越ししよう」とか「月5000円増えたのだから、毎月服をもう1着買っても大丈夫」というような発想は禁物です。
むしろ、「ベースアップが3000円あったということは同じ生活をしていても物価が上がって3000円は多く必要になるかも」と考える発想が重要です。
あるいは「ベースアップの3000円以上物価が上がっていたらむしろ足りないかもしれない。しっかり家計を引き締め、モノの値段に注目しておこう」というような視点がマネーハックでは求められるのです。
マクロ経済の観点では、賃上げに喜んだ個人が消費を旺盛にすることが重要かもしれません。しかし、家計は個人の合理的かつ現実的な考え方で管理されるべきです。
「物価上昇との見合い」を意識しつつ、ぜひ今年の賃上げ交渉を見守ってみてください。
マネーハックとは ハックは「術」の意味で、「マネー」と「ライフハック」を合わせた造語。ライフハックはIT(情報技術)スキルを使って仕事を効率よくこなすちょっとしたコツを指し、2004年に米国のテクニカルライターが考案した言葉とされる。マネーハックはライフハックの手法を、マネーの世界に応用して人生を豊かにしようというノウハウや知恵のこと。
山崎俊輔フィナンシャル・ウィズダム代表。AFP、消費生活アドバイザー。1972年生まれ。中央大学法学部卒。企業年金研究所、FP総研を経て独立。退職金・企業年金制度と投資教育が専門。著書に「読んだら必ず『もっと早く教えてくれよ』と叫ぶお金の増やし方」(日経BP)、「共働き夫婦 お金の教科書」(プレジデント社)など。http://financialwisdom.jp 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。