マー君の通訳が語る 一流メジャーリーガーの気配り術ヤンキース・田中将大投手の通訳 堀江慎吾さん

田中将大投手の通訳を務める堀江慎吾さん
田中将大投手の通訳を務める堀江慎吾さん

米メジャーリーグで活躍するニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手の通訳を務める堀江慎吾さん(44)。5年前の入団時から田中投手に影のように付き添って活躍を支えるとともに、多くのスター選手を一番近くから見てきた。そんな堀江さんは、メジャーの一流プレーヤーと一流のビジネスパーソンには多くの共通点があると指摘する。

「行けば何とかなる」脱サラして米国へ

東京都出身の堀江さんは、5歳の時、商社マンだった父親の転勤に伴い、家族でシカゴに引っ越した。地元の幼稚園に通った後、現地の公立小学校に入学。4年生の途中に帰国するまで約5年間、米国で暮らした。

堀江さんの通っていた小学校に日本人はほとんどおらず、友達はすべて米国人。そのため、「気が付いたら英語をしゃべっていた」。中学2年生の時に、再び父親の転勤でニューヨークやアトランタに住むなど、子ども時代は日本と米国を行ったり来たりの生活だった。

通訳になったのは、ほとんど偶然だった。

慶応義塾ニューヨーク学院(高等部)から慶応義塾大学法学部に内部進学した堀江さんは、「将来は、子ども時代を過ごし、水も合いそうな米国に住みたい」との思いが強く、就職先は、すぐに海外赴任できそうなタイヤメーカーを選んだ。

しかし、仕事に面白さを感じられず2年余りで退職し、欧州車の宣伝を手掛ける小規模な広告代理店に転職した。仕事はまあまあ楽しかったものの、「一刻も早く米国に行きたいとの思いを抑え切れず」、1年で会社を辞め、渡米。仕事のあてはなかったが、グリーンカード(永住権)を持っていたため、「行けば何とかなると思った」という。

しかし、最初はなかなか仕事が見つからず、貯金がすぐに底を突き、高校時代の友人とロサンゼルスでアパートをシェアしながら、アルバイトをするなどして食いつないだ。そのころは、「もともとスポーツが好きで、スポーツのドキュメンタリー番組を見るのも好きだったため、そういう仕事ができるメディア関係の仕事を探していた」という。辛抱強く職探しを続けるうち、日本のテレビ局の仕事を請け負うようになった。

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