「耳の薄毛」で難聴に 大音量・ストレス・喫煙はNG
ストレス解消のルール(6)
「薄毛」。ストレス社会の昨今、男女問わず気にする人が多い。この薄毛ストレスを解消するための商品は世の中に多く出回っているが、実はどうにもこうにも治せないこともある。それが、「耳の『薄毛』」だ。
聞こえ方の低下によって、前回記事「あの人のパワハラ 実は『耳の老化』が原因かも」でも書いたように、「聞こえない側」にも「話す側」にもコミュニケーション障害からくる大きなストレスがかかりやすい。今回は、そんなストレスの原因となる「耳の薄毛」の実態とそのストレスを解消するためのルールを健康ジャーナリストの結城未来が東京逓信病院耳鼻咽喉科部長の八木昌人医師に教わった。
そもそも音はどうやって聞こえるの?
まずは、耳の仕組みを知っておこう。耳の構造は大きくは「外耳」「中耳」「内耳」の3セクションに分かれる。
外から耳に入った音は波として外耳道を通過し、
⇒(2)「耳小骨(じしょうこつ)」で振動を増幅
⇒(3)「蝸牛(かぎゅう)」と呼ばれるカタツムリのような器官の中にあるリンパ液が振動
⇒(4)蝸牛の中に生えている「有毛細胞」が刺激を受けて電気信号に変換
⇒(5)蝸牛神経を通って電気信号が脳へ送られる
――という道筋をたどって、私たちは「音」を感じることができる。
この中のどこかの具合が悪くなると「難聴」など、さまざまな耳の疾病につながる。
――八木医師「実のところ、耳の不具合には私ども医師が頑張れば治せる部分と、完全には治せない部分があります。耳の毛がなくなってしまうと治せません」
ここまで読むと、「耳の毛」とは、耳をのぞくと見える、あの細い産毛ではない、ということに気づいていただけたのではないだろうか? そう、問題は、耳の奥に生えている5、6ミクロンほどの微細な毛がなくなっていくことなのだ。
蝸牛にある「耳の鍵盤」の正体
内耳には、蝸牛というカタツムリのような螺旋(らせん)状の器官がある。引き延ばすと長さにして32mm。カタツムリの殻の入り口の方には高い音を、殻の渦巻きの中に行くほど低い音をキャッチする毛がビッシリと並ぶ。これが「有毛細胞」と呼ばれるもの。文字通り、毛が生えている細胞だ。有毛細胞に生えている「毛」は、高い音から低い音まで鳴らすいわば耳の「鍵盤」なのだ。
振動を増幅する「耳小骨」の一つ(あぶみ骨)は、この蝸牛の入り口に接続。伝わってきた音の振動は、蝸牛の中にたまったリンパ液を揺らすことで波が起こる。この波が鍵盤である毛を揺らすことで音は電気信号になって脳に送られ、私たちは音を感じることができるらしい。
――八木医師「高い音をキャッチする有毛細胞は、あぶみ骨と接する入り口近くにあるだけに、常に刺激や振動を受けていてダメージを受けやすい部位。それだけに、老化が進むと高音から聞こえなくなってくるのです」
いわば、蝸牛は私たちが音を感じるための「楽器」だ。どの楽器でも言えることだが、酷使されるパーツはダメになりやすい。耳の中でも、酷使される高音域鍵盤である毛は劣化しやすいという。
――八木医師「頭の毛髪と同様に、この毛も加齢とともに減ってくるので、毛のない細胞になりがちなのです」
でも、「毛」なのだから、なくなってもまた生えてきたりはしないのだろうか?
――八木医師「再生しません。この毛は、一度減ってしまうと増えることはありません」
なんと! なくなると、二度と生えてこないとは!?
――八木医師「残念なことに、一度ダメージを受けると、その音域は脳に伝わらなくなってしまいます」
耳の薄毛は高音から始まる
耳の薄毛は高音から始まるので、高い音になりがちな「子音」は聞こえづらくなる。「久しぶり」の「ひ(hi)」が「し(si)」に聞こえて「しさしぶり」と、江戸っ子さながらの聴き間違えになりかねない。
――八木医師「携帯電話やスマートフォンの着信音には高音域の周波数を含んでいるものが多い。高音が聞きづらい人の場合、着信音を小さくしておくと、周囲の人が気づいているのに本人が気づかないこともあります」
この話を聞いていた編集部の担当O女史が突然、「あ!先日、静かな場所で、スマホの着信音が鳴っているのに全く気づいていない人がいました。周囲の人は皆気づいているのに、その人だけ気づいていなくて『なんでだろう?』と思っていたのです。これで理由が分かりました!!」とうれしそうに叫んだ。
会社でも、会議中のスマホの着信音に、周囲は「なんだ、うるさいな。誰のスマホだ?」と苦い顔をしているのに、本人には聞こえず、恥をかく…なんていうこともあり得るのだ。
加齢とともに、頭髪の量を気にする人は少なくないだろう。頭の毛も大切だが、耳の毛にも気を配る生活をしなければ、コミュニケーション障害による大きなストレスを引き起こしかねない。
――八木医師「外耳や中耳などの疾病は私どもでなんとか治療ができるものです。一方、耳の老化のほとんどは内耳で起こります。内耳にある有毛細胞の『毛』の減少は現代医療では治りません。生活上で減らさないような予防につきます」
前回記事「あの人のパワハラ 実は『耳の老化』が原因かも」でも書いたが、耳の老化スピードは、生活の仕方に大きく関わる。30代で、すでに老化はスタート。高齢でなくても、耳年齢は高齢者並みという人も少なくない。そこで、「耳の薄毛にならないためのルール」を書いた。今からでも、実践しよう。
(1)「過度に大きな音を長時間聴かない」
⇒イヤホンを使用するなら、地下鉄などの音の大きい車内で周囲に聴こえるような音量にならないよう注意。適正音量と時間でマナーと耳のケアを心がけよう。
(2)生活習慣をきちんとしよう
⇒頭の毛と同様に、耳の毛にも生活習慣病は悪影響。太り過ぎ・糖尿病・高血圧などで血液の循環が悪化すると、耳の毛はダメージを受けやすい。
(3)過度なストレスをなくそう
⇒頭の毛と同様、ストレスは耳の毛にも悪影響。「ストレスが続くと、交感神経が優位になります。すると、血管は収縮し続け、耳の血流にも悪影響を及ぼします。交感神経と副交感神経のバランスのとれた生活が、耳にも優しいのです」(八木医師)
(4)喫煙はNG
⇒「耳には、細い血管がたくさん走っています。ニコチンで末梢血管が収縮し血流が悪くなると、内耳にも悪影響が出る可能性が大きくなります」(八木医師)
(5)突発性難聴の可能性があったら、すぐに専門医へ
⇒突然、聞こえが極端に悪くなり、耳鳴りがやまない、耳閉感(耳が詰まったような感じ)などの不調が出たら、すぐに専門医へ。「有毛細胞がダメージを受けた場合、時間がたつと改善はできても完治ができない」(八木医師)。大事な毛を救うには、1週間以内の早急な治療が必要だ。
東京逓信病院耳鼻咽喉科部長。1984年群馬大学医学部卒業。東京大学耳鼻咽喉科、武蔵野日赤病院耳鼻咽喉科部長を経て、現職。専門分野は、難聴、めまい、顔面神経麻痺、中耳炎、頭頚部腫瘍。日本耳鼻咽喉科学会専門医、日本気管食道科学会認定専門医、日本めまい平衡医学会めまい相談医、難病指定医。
エッセイスト・フリーアナウンサー。テレビ番組の司会やリポーターとして活躍。一方でインテリアコーディネーター、照明コンサルタント、色彩コーディネーターなどの資格を生かし、灯りナビゲーターや健康ジャーナリストとして講演会や執筆活動を実施している。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。