客の票が多彩なシェフ育成 銀座に総選挙型レストラン
2019年1月17日。東京・銀座に先進的なレストランが誕生した。「re:Dine GINZA」は複数のシェフが店をシェアし、客の人気投票でシェフを支援するというユニークな仕組みを持つ店。日本では珍しいシェア型・総選挙型レストランだ。
店は東京メトロ銀座駅から徒歩1分の一等地にある。広さは約120坪。席数は120席ある。見かけは1つの飲食店だが、内部にはシェア型レストランならではの様々な工夫がこらされている。キッチンは最大5人のシェフが別々に使えるよう5つのスペースに分かれており、それぞれに調理器材と収納スペースがある。客席とホールスタッフは共同で使用する。つまり1つの店を在籍シェフ全員でシェアするという形だ。
「このシステム、何かに似ている」と思った人もいるだろう。場所や備品を共有し、1つのオフィスを多数でシェアする「コワーキングスペース」と仕組みは同じ。いうなればここは「シェフのためのコワーキングスペース」だ。
この店は独立や起業を目指す次世代のシェフの挑戦を応援する目的で誕生した。飲食店は新しく店を開くのは簡単でも、続けることは難しいと言われる。飲食業界は「3年で7割の店が潰れる」とされる、厳しい世界だ。初期投資の負担の重さが原因の1つで、都市部では少なくとも1000万円は必要だという指摘もある。
「re:Dine GINZA」では1つの店を複数のシェフでシェアし、キッチンやレジなどの店内設備類、ホールスタッフもすべて用意されている。このためシェフ1人当たりの資金は少なくて済む。シェフはスペースの利用料を支払って店に在籍するという形だ。シェフは料理に専念でき、独立前に腕試しをしたり、新商品を試販したりといったチャレンジもできる。優れたアイデアや腕を持った料理人が最初の一歩として、銀座で店を持つことができるのだ。
ユニークな点はこれだけではない。「re:Dine GINZA」では来店した客が料理を食べた後に、「どのシェフを応援したいか」「どの料理がおいしかったか」などを踏まえて投票するシステムがある。票数や売上額などを集計した人気ランキングは店内や店のホームページなどで公表し、一定期間ランキングで1位を獲得したシェフは「re:Dine GINZA」を卒業した後の独立支援を受けることができる。逆に最下位となったシェフは入れ替えになる。
この「総選挙型レストラン」は某アイドルグループをイメージさせるが、客の立場からすれば未来のスターシェフを育てる楽しみを感じることもできるだろう。
次のページでそれぞれのシェフの料理を紹介します。
現在の在籍シェフは総勢6人で、1日に最大5人のシェフが店に立つ。シェフはそれぞれ独自にメニューを考案するので、シェフの数だけテイストの違う料理が楽しめる。では、第1期生に当たる現在の在籍シェフはどんな人々か。自慢の一皿はどんな料理なのだろうか。
週末限定の関口彬シェフはカフェ、フレンチ、和食などの経験を持ち、大手料理教室会社でメニュー監修などに携わってきた。「和の調理法を中心にしっかりおいしく楽しめる料理」をコンセプトとした和フレンチを手がける。自慢の一皿は「12時間低温調理した牛ほほ肉 里芋のピュレ」(1800円税別)。ホロホロの牛ほほ肉の表面をサッと香ばしく揚げ、ソースとともに低温調理するから、濃厚な味わいになる。
平日・週末ともに在店する高山仁志シェフのコンセプトは「Play food、Eat happiness! 食を楽しもう、幸せを食べよう!」。完全自然放牧の豚肉や乳製品、 岩手県の短角和牛、宮城県石巻市の神経締めした魚、伝統野菜など、東北の食材を中心に素材にとことんこだわったモダンフレンチを提供する。たとえば「岩手県短角和牛ロースのロースト 赤ワインと有馬山椒(さんしょう)のソース」(4580円税別)に使用する有馬山椒は兵庫県の有馬温泉にある山椒専門店「山椒彩家」の「有馬山椒」を使用する。
平日限定の高島朋晃シェフは世田谷区駒沢にあるスープカレー「パッション」のシェフだ。「唯一無二の味を作りたいという情熱を込めた料理」がテーマだ。「とろとろ豚ナンコツスープカレー 」は駒沢の本店では食べられない「re:Dine GINZA」限定メニュー。とろとろになるほど煮込んだ豚ナンコツとスパイスが絶妙に混ざり合い、一度食べたらやみつきになるおいしさ。定番メニューの「旬の彩り野菜盛り合わせ」(1480円税別)、「幸せの黄色いプリン」(600円税別)は女性に人気の一品だ。
平日限定の谷口健太郎シェフは在籍シェフのなかで最年少ながら、16歳から料理業界に入り、東京の有名店やフレンチで修業を重ねた経験を持つ。食感や香りなどを大切にして、フレンチの基礎を大切にしたシンプルにおいしい料理を提供する。「【食感】ホタテ、キャビア、ジャガイモの菜園風」(2500円税別)はホタテに軽い薫香(くんこう)をつけてマリネすることで、本来のうま味や甘味を最大限に引き出した一皿。トッピングにはキャビアが輝く。「【旨(うま)味】国産牛のロティ、ワイルドライスのリゾット、グルタミン酸とグアニル酸の旨味」(4000円税別)はうまみを凝縮させた赤身に、マコモダケの種である「ワイルドライス」を合わせ、大きくスライスしたトリュフをちりばめたぜいたくな一皿。穀物肥育した牛肉を使用することで、肉本来の味わいがしっかり伝わってくる。
平日限定の松山喬洋シェフは料理人歴14年の元パティシエ。イタリアの2つ星レストランで2年修業した経験や、東京・白金での店舗経営の経験もある。コンセプトは「美味(おい)しい明日のために」。魚介類をふんだんに使った「海の幸恵パスタ~sustainable seafood~」(2500円税別)は、焙(ほう)じた未利用野菜の炭を練りこんだパスタの素朴な味わいとチェリートマトのマッキィアートソースの酸味、魚介のうま味が三位一体となったぜいたくな味わい。
週末限定の山口弘シェフは肩ひじはらずに好きな物をお腹いっぱい食べてもらえるようにと、大きめのポーションで提供する料理が特徴だ。沖縄の今帰仁(なきじん)アグーや、長期肥育の天城黒豚を中心とした肉料理が自慢。ぜひとも味わいたいのが「自家製シャルキュトリーを入れた前菜盛り合わせ」(2人分/2500円税別)。「48時間調理した厚切り牛タンのロースト」(5500円税別)はじっくりと低温調理した厚切り牛タンが口の中でとろける。
1つの店に異なるジャンルの料理がそろい、どのシェフの料理を注文するか、どのシェフに投票するか、客の選択がシェフの運命を決める面白さもある。これは最新型の食のエンターテインメントと言える。おいしい料理を味わいながら、お気に入りのシェフや料理を見つけて、応援し育てる。新しい食体験を楽しみたい。
(日本の旅ライター 吉野りり花)
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