週刊SPA!騒動 「その程度」ではすませられない
ダイバーシティ進化論(水無田気流)
「週刊SPA!」(扶桑社)が、昨年12月25日号で女子大などを性的にランク付けした記事を掲載し、大学生グループや名指しされた大学が抗議した件は、世間の耳目を引いた。同誌は当初、(私見では)ごく型通りの謝罪コメントを発表。だが、抗議署名運動の広がりや海外メディアでの批判などで社会的事件に。
事の重さに鑑み、同誌は今年1月半ばに、抗議運動主催者の女性たちを招き、討議の場を設定。その模様を1月29日号の誌面で公開した。これによると同誌は「長年、男性の欲求を満たすことを一つのテーマとしてきた」。それゆえ、「我々は女性のことが好き」で結果的に「『女性をモノのように見る』視線」へと至ったと謝罪した。
これに対し、女性たちは、性的合意を軽視する日本社会の問題点と、性犯罪にもつながりかねない点を指摘した。一大学教員としても、未成年者も含む学生を、性犯罪の被害に遭わせかねない記事を掲載した同誌の浅慮は、甚だ遺憾である。
性的対象として、自身より低い地位に貶(おとし)め得る相手を好む視線は、女性を「人として」ではなく「モノとして」扱う姿勢につながる。この差別志向を許容してきたのは、同誌のような言説を、「まともに受け止めるな」といった「問題の矮小(わいしょう)化」傾向であろう。
今回の件でも、インターネット上では、抗議に賛同する声が多く見られた一方で、「大衆雑誌の風俗特集ぐらいで、目くじらを立てなくても」などの意見も飛び交った。なぜ、女性がいわれのない差別に抗議すると、「その程度で」といった反応があるのか。
職場のセクハラ問題も含め、女性差別は、多くが「ネタ」「お遊び」などの範疇(はんちゅう)に投げ込まれ、まともに憤りを表明することは、ときに「野暮」とさえ、扱われがちだった。この風潮は、当の女性たち自身の視界をも曇らせ、問題を問題視する視座を奪ってきた。
それがようやく、昨今の#MeToo運動などにより、表明の糸口を得た、ともいえる。国際労働機関(ILO)は昨年の総会でセクハラや暴力を防ぐ条約制定の方針を決定。国内法への影響も含め行方は要注目である。いわれなき差別や侮蔑に対し、反論し抗議する。この人として当たり前の姿勢が、当たり前に受け入れられる社会へと変わることを、心より望む。
1970年生まれ。詩人。中原中也賞を受賞。「『居場所』のない男、『時間』がない女」(日本経済新聞出版社)を執筆し社会学者としても活躍。1児の母。
[日本経済新聞朝刊2019年1月7日付]
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