低体重で生まれた赤ちゃん 元気に育てる3つの処方箋
日本では約10人に1人の赤ちゃんが2500g未満の低出生体重児として誕生している。その割合は、先進国の中で最も高い。「低出生体重児として生まれた赤ちゃんは将来、糖尿病や高血圧などの生活習慣病になるリスクが高くなる」――。日本DOHaD(ドーハッド)学会代表幹事として、この現状に警鐘を鳴らし続けてきた早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構規範科学総合研究所招聘研究員で、福島県立医科大学特任教授の産婦人科医の福岡秀興さんに、小さく生まれた赤ちゃんを元気に、健康に育てるコツを聞いた。
処方箋その1・スキンシップでストレスと耐糖能異常を軽減
「小さく生まれた赤ちゃんをいかに心身共に健康に成長させるかは、『ドーハッド』研究の最大のテーマです。今分かってきている対処法の一つは、スキンシップです。そのいい機会になるのが母乳育児。しかし、人工乳育児の場合も、心配は不要です。折に触れ、とにかく赤ちゃんを抱きしめて肌と肌とのスキンシップをしてあげることが大切なのです」と福岡さん。
「スキンシップをすると、赤ちゃんの脳から分泌されるオキシトシンという愛情ホルモンの分泌が高まります。また動物実験ですが、スキンシップを積極的に行う母ラットに育てられた赤ちゃんラットはストレスに強く、寿命も長く、糖尿病になりにくいことが知られています。積極的なスキンシップにより、記憶中枢である海馬ではストレスホルモンであるグルココルチコイドの受容体の発現量が多くなります。強いストレスを受けてもストレスホルモンが過剰に分泌されず、ストレスに対する抵抗性が高まるのです(※1)。つまり、ストレスに強い子になるというわけです。また、このストレスホルモンは血糖値を上昇させるホルモンでもあります。小さく生まれた赤ちゃんは、将来、糖尿病になりやすくなることが分かっていますが、ストレスを受けてもストレスホルモンが過剰に分泌されなければ、高血糖になるリスクも軽減すると考えられます。米国でスキンシップ教室が盛んなのはこのような理由によるものです」と福岡さんは話す。
(※1)Science. 1997 Sep 12;277(5332):1659-62
低出生体重児の多くは、お母さんのおなかの中にいる時に栄養が少ない状態で育つため、少ない栄養量であっても生き抜くことができる体質に変わるとされる。そのために、普通の体重で生まれた子と同じ量の栄養を取っても肥満になりやすく、その結果、生活習慣病のリスクも高まる。しかし、小さく生まれてもお母さんが生まれた直後から積極的にスキンシップをたくさんして育てれば、ストレスに強くなり、糖尿病などの生活習慣病になるリスクを減らせる可能性が高まるというわけだ。
「ドーハッド説」は、英語のDevelopmental Origins of Health and Diseaseの頭文字からDOHaD説と呼ばれており、生活習慣病のおおもとは、受精時、胎児期から生後2~3年という人生の最初の短時間につくられるという説だ。これまで明らかでなかった生活習慣病の成り立ちが、この考え方で説明できるようになり、世界的に注目されている。具体的には、赤ちゃんの受精時から胎児期、出生後の発達期の低栄養状態や強いストレスなどの環境要因が、成長後の健康や病気の発症リスクを決めているというもの。
処方箋その2・成長曲線で、体重の急増と成長障害を早期発見
「二つ目に重要なのは、身長と体重、更にBMIの2種類の成長曲線チャートを付けて、身長や体重が標準の成長曲線の範囲内にあり、かつ、各パーセンタイル曲線の範囲内から大きく外れていないか、チェックすることです。小さく生まれた赤ちゃんの場合、急激に体重が増えると生活習慣病になるリスクが高まります。逆に体重の増え方が少ない場合も注意が必要です。それらが成長曲線チャートを利用することで早く見つけられ、早め早めに対応できるようになるのです。乳幼児健診、学校健診のたびに身長と体重を成長曲線チャートに記入して、チェックしていくことです。体重・身長発育が各パーセンタイル範囲内を上回って大きくなったり、下回ったりする場合は小児科を受診することをおすすめします」
一方、小さく生まれた場合、身長が順調に発育していかず、身長が低くなる可能性もある。
「低身長の場合には、多くが治療可能です。身長発育曲線チャートを付けて、身長の伸びが必ずしも順調でない場合には成長障害の可能性があるので、早めに小児科を受診し、必要な場合小児内分泌の専門医を紹介してもらうとよいでしょう。また、思春期に見られることが多い体重増加の停止や減少を起こす摂食障害の早期発見にも有効です。これらはいずれも早期に診断して治療することが大事です」
なお日本小児内分泌学会の専門医が成長障害の治療を行っている医療機関は、同学会のサイトで確認できる。これらの兆候を早く見つけるために、高校を卒業するまでは検診・学校での身体測定データを成長曲線チャートに付けていくとよい。
ただし、小さく生まれたからといって、早く大きくしようと焦ってたくさんミルクを飲ませたりして、急激に太らせるのはよいことではない。
「急激に体重が増えるのは、骨や筋肉ではなく体脂肪が急に増えているためであり、将来は肥満になり、生活習慣病になるリスクが高まります。かつてよく言われた『小さく産んで大きく育てる』は、望ましいことではないのです。身長・体重の成長曲線、BMI(Body Mass Index)の経過を見て、発育経過がチャートの各パーセンタイル内に収まっている場合はまず問題ないと思われます。しかしそれ以上のパーセンタイル域に推移して発育していくなど、大きな変化があった場合は、急激な体重増加の可能性があります。BMIの推移をプロットするとそれがより明確に分かりやすくなります」と福岡さん。
「脂肪リバウンド」をチェックする
子どものBMIは、生まれた直後に急激に上昇して、その後低下し、再び上昇していく。この、低下して再び上昇する現象を「脂肪リバウンド」といい、この上昇に転ずる年齢を「脂肪リバウンド年齢」と呼ぶ。脂肪リバウンド年齢が6~8歳である子どもは肥満になりにくいことが分かっている。
一方でその時期が早くなるほど、肥満や生活習慣病のリスクが高くなる。また小さく生まれた場合や大きく生まれた場合にはこの時期が早くなる傾向があるという。
「脂肪リバウンド年齢がより早くなると、将来肥満になるリスクが高まりますが、特に女の子の場合は体脂肪の増加に続いて初潮年齢が早くなり、身長の伸びが止まる可能性も高くなります。その意味からも、BMIをプロットして脂肪リバウンド年齢をチェックするのは子どもの成長発育の望ましくない急激な変化を早く見つけるために重要です」
福岡さんによると、母乳育児には脂肪リバウンド年齢を遅くする効果があるそうだ。
処方箋その3・幼い時から積極的に体を動かす習慣を
さらに、福岡さんは、小さく生まれた子どもには、意識的に運動習慣を付けてあげてほしいとアドバイスする。「小さく生まれた赤ちゃんは、省エネというか、少ないエネルギーを効率的に使うために体を動かさない傾向があります。正常体重で生まれた子に比べて運動嫌いの傾向があります。幼いうちから親子で公園の遊具やボールを使って一緒に遊ぶなど、積極的に体を動かす習慣を付けるようにすることも大切です」(福岡さん)。
生活習慣病の予防には、十分な睡眠、規則正しくバランスの取れた食事も重要とされる。
「赤ちゃんが小さく生まれても深刻に考え過ぎることはよくありません。低出生体重児の病気リスクを下げる薬剤の開発も積極的に行われています。また小さく生まれると生活習慣病になりやすいことを知っておけば、いつも体に気を付けて健康管理をするので、健康を維持することができます。まさにそれは転ばぬ先の杖を持つ(身に付ける)ことになると言えます。小さく生まれても、これは『一病息災』と考えて、親子で生活習慣病の予防に取り組んでください」(福岡さん)。
福島県立医科大学特任教授。早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構規範科学総合研究所招聘研究員、千葉大学医学部客員教授。日本DOHaD学会代表幹事。米国ワシントン大学留学、香川医科大学講師、東京大学大学院助教授、早稲田大学理工学術院総合研究所研究院教授などを経て、2018年より現職。日本のDOHaD研究の第一人者として、妊娠中や思春期、乳幼児期の食の問題に取り組む。
(文 福島安紀)
[nikkei WOMAN Online 2018年10月12日付記事を再構成]
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