生田絵梨花さんの魅力 ガッツと純真(井上芳雄)
第38回
井上芳雄です。東京芸術劇場プレイハウスで上演していたミュージカル『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』が1月27日で千秋楽を迎えました。劇場が観客参加型の構造だったり、アコーディオンやピアノの楽器に挑戦したりと、初めての経験が多くて大変でしたが、やりがいのある充実した日々でした。
ヒロインの伯爵令嬢ナターシャを演じた生田絵梨花さんと、ミュージカルの舞台で共演したのも初めてです。感じたのは、すごく根性がある人だということ。アイドルグループの乃木坂46をやりながら舞台に立つのは、大変だと思うんです。『グレート・コメット』は年明けの開幕なので、昨年末が稽古の佳境でした。アイドルはふだんから忙しいうえに、年末の音楽番組などもあって休みがない状況で、「どちらも自分で選んだことだから」と言って頑張ってました。
もともとミュージカルをやりたくてこの世界に入ってきたからガッツがあるし、アイドルのタフさを目の当たりにしました。最前線のアイドルで、かつミュージカル女優としてヒロインをやる人はあまりいなかったと思うので、自分で新しい道を開いています。
ミュージカルをやるには、いろんな要素が必要です。歌はもちろん、お芝居もダンスもやらないといけない。役にあっているかどうかという問題もある。生田さんは、その才能をたくさん持っていると感じました。
僕なんかは、舞台俳優は遠目で見てもらって栄えればいいかなと思ったりするのですが、生田さんは遠目でも、近くに寄っても美しい。それも持って生まれた才能です。そういったことが備わったうえで、才能に甘んじることなく、すごく努力をする。そこがすごいところです。
ミュージカル女優としては、これまでも『ロミオ&ジュリエット』でジュリエット、『モーツァルト!』でコンスタンツェ、『レ・ミゼラブル』でコゼットといった、若い今だからできる役を存分に演じています。
役者には、その人がそのときにしかできない役があると思うんです。今回のナターシャでも、役が必要としている輝きを備えていると感じました。天真爛漫(らんまん)で無垢(むく)な女の子がいろいろな経験を経て、少しずつ大人の女性になっていく過程を演じたのですが、生田さん自身とも重なる部分があると思います。立っているだけでナターシャがそこにいる気がしました。
もちろん、若いからこそ難しい表現もたくさんあるでしょう。僕も、そうでした。人生の経験が少ないのだから当然のことで、それをどう培っていくか。彼女には今の自分と向き合える強さと、なんとかして役の芯をつかみたいという純真さがあって、僕はそこに胸を打たれました。ますますこれからが楽しみです。
僕自身のことを振り返れば、若いころはネガティブな感情をうまく表現できませんでした。うれしいとか愛してるというのは、こんな感じだろうと分かるのですが、悲しいとか苦しいとか死にたいといった感情は、本当の意味では分かっていなかった。もちろん泣いたりする演技はできますが、表面的なことはどこかでばれます。自分の生き方がにじみ出てくるものだから、今でも難しい。
そういう意味では、今回の貴族のピエールという役は、僕自身の生き方を試されているようなところがありました。生きる意味を探して、絶望して死のうとしたこともあるし、偏屈でこだわりが強くて、お金はあるけど、愛を知らない男。難しい役でしたが、年齢を重ね、いろんな経験もしてきた今の自分だからこそ挑める役だとも思いました。
■物語の作りは王道そのもの
演じながら感じていたのは、ピエールとナターシャの関係は本当に奥が深いということ。ピエールは最後にナターシャを本当に愛して、ちょっとほほえんでもらっただけなのに、むせび泣いてしまいます。自分が、そんなことをしてもらえる人間だと思わなかったからです。愛が受け入れられるとは、どんな感情か分からなかった彼が、初めてそれを知るのです。
ハッピーエンドと言えるかもわからないくらいの淡い希望ですが、だからいいんですね。はっきりと「大好きだ」「キスしよう」というのではなく、2人はひかれあってるのかな、どうなのかな、という関係性は、実はミュージカルの王道です。『マイ・フェア・レディ』のヒギンズとイライザも、このあとどうなるんだ、というところで終わるし、『王様と私』でも王様と家庭教師の間に愛情があったかどうか、はっきりとは描かれません。ピエールとナターシャの関係も同じで、幕が閉じた後も、お客さまの想像の中で物語は続いていきます。
『グレート・コメット』は観客を巻き込んだパフォーマンスやクラブミュージックを取り入れた音楽、にぎやかなダンスといった過剰なまでの仕掛けが斬新だと、ブロードウェイでも大きな話題になりました。でも、ピエールとナターシャの関係を軸とする物語の作りは王道そのもの。2時間半のどんちゃん騒ぎともいえる物語が、最後にひとつの希望に集約していく醍醐味は、演劇でしか味わえないものでしょう。僕自身も演じながら感動していたし、その気持ちを毎回味わいたくて、舞台に立っていたように思います。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP社)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。2月16日(土)は休載。第39回は3月2日(土)の予定です。
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