18歳の挫折が自分変えた 為末大氏の広島皆実高時代元陸上選手 為末大氏が語る(上)

元陸上選手でスポーツ関連ビジネスを手掛ける会社「侍」の社長を務める為末大氏
元陸上選手でスポーツ関連ビジネスを手掛ける会社「侍」の社長を務める為末大氏

世界陸上の400メートルハードルで2度の銅メダルに輝いた為末大氏。現在はスポーツによる社会貢献や関連ビジネスを手掛ける会社、侍(東京・渋谷)の社長を務める傍ら、執筆やイベント企画など多方面で活躍する。ただ、順風満帆の競技人生ではなかった。中でも広島皆実高校時代、100メートルから400メートルハードルへの転向は苦渋の決断だったという。18歳での挫折が今の自分を形作っていると語る。

陸上部に入るため、広島皆実高校に進学する。

自宅から通えたのと、陸上部によい先生がいたのが選んだ理由です。姉もその先生に指導を受けていました。ちなみに私が本格的に陸上競技を始めたのも、姉の影響で8歳のとき、陸上クラブに入ってからです。もともと足が速く、また身体的に早熟だったこともあって走力はぐんぐん上昇。中学3年のときには100メートルと200メートルで全国一になりました。

広島皆実はサッカーなどスポーツが盛んで、私が入学する2年前に体育科が新設され、私もそこに入りました。陸上の強豪校ではありませんでしたが、ちょうど広島県の強化指定校となり、有力な選手が集まっていました。他の競技でも有望な選手が多く、個性派ぞろいという感じでしたね。

体育科といっても、授業内容は普通科とほぼ同じで、週に数時間を部活動にあてられることが違う程度でした。ただ、私は陸上に打ち込み、勉強はほとんどしませんでしたので、成績は最下位グループだったですね。

朝練と放課後の練習があり、弁当は2回食べていました。練習内容はただ走り込むのでなく、様々なメニューをやりました。印象に残っているのは、学校の近くにある比治山の坂道を300メートルほどダッシュで駆け上がる練習。私は得意でした。

ただ、思うように走れたのは最初の頃だけ。1年生の途中から、しょっちゅう両足の肉離れに悩まされるようになりました。特に2年生のときはほとんど試合に出られず、夏場は一人でリハビリに専念せざるを得ませんでした。

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