北極圏のイヌイット 極夜のなかの彩りある暮らし

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

ハート形の眼鏡をかけてダンスパーティーに出かける10歳のジョイとアメリア。イヌイットの人々は地域社会を重んじる(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)

カナダ、バフィン島北部に位置するアークティック・ベイは、毎年11月の初めになると、地平線に太陽が沈み、空は紫と青に染まる。それから3カ月間、太陽は姿を消し薄闇に包まれる。極夜だ。写真家のアカシア・ジョンソン氏は、極寒の暗い冬をイヌイットと4カ月間過ごし、彼らと自然との変わりゆく関係を撮影した。

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ツンドラと海に囲まれたヌナブト(イヌイットの言葉で『私たちの土地』という意味)は、カナダ最大かつ最北の準州である。国内のイヌイットは、多くがこの辺境の海沿いに固まって暮らしている。

「元々は風景を撮影するプロジェクトをやるつもりだったのですが、現地へ行ってみると、想像していたのとは全く違っていました。それよりも、ここで起こっている文化の移り変わりに焦点を当てるほうが重要であると感じたのです」と、ジョンソン氏は語る。

かつての同化政策やグローバリゼーションがきっかけとなり、イヌイットは過去50年間で政治的、経済的、文化的に急速な変化を遂げてきた。これは、世界各地の先住民族が繰り返しさらされてきた現実だ。

満月の光を浴びるタタトアピク家の人々。一家が着ているパーカは全て、女性たちが家族のために縫ったもの(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)

イヌイットの中には、独立した半遊牧生活から、政府指定の居留区へ強制的に定住させられた記憶を持つ者たちもいる。そこで彼らはアイデンティティーをはく奪された。今では、そうした扱いは人権や自治権、尊厳の侵害だったとカナダ政府が認めている。

現代のイヌイットは、祖先から受け継がれてきた生活様式と、他者から押し付けられたものとが複雑に絡まり合ったなかで、進むべき道を探っている。そこから新たに生まれようとしている暮らしぶりを、ジョンソン氏は独自の視覚的アプローチで、社会問題としてではなくむしろ前向きな目でとらえたいと考えた。

「人々が北極圏に対して抱いている既成概念を払拭したいと思っています。多くの人は、北極圏と言えば白くて、平坦で、何もない場所を想像するでしょう」とジョンソン氏は語る。今回の撮影プロジェクト「Under the Same Stars」では、それとは反対に冬の真っただ中にあって生命が脈動し、色彩のある風景を写し出す。スマートフォンの人工的な明かりに照らされた10代の少女たち、ピンクに染まった空の下で獲物を探す狩人、星空の下ぼんやりと赤く色づいた雪などだ。