シャーロット・ランプリング演じる 空虚と再生の物語
恋する映画 『ともしび』~家族の罪は許されるのか
年齢を重ねれば重ねるほど、良くも悪くもさまざまな経験が増え、同じ映画でも受け取り方に変化が生じるもの。そのなかで物語の登場人物たちに自分を照らし合わせながら、人生を考えさせられるということもありますが、今回ご紹介するのは、まさに大人の女性のための映画ともいえる話題作『ともしび』です。
本作で主人公となるのは、老年に差しかかったひとりの女性アンナ。長年連れ添った夫とつまましい暮らしを送っていたにもかかわらず、夫がある罪で逮捕されてしまうことに。それによって、アンナの生活が少しずつ狂い始めていきますが、その過程でふたたび自分自身と向き合うまでの様子がドキュメンタリーのようなリアルさで映し出されています。
そんなアンナの繊細な心の機微を見事に体現しているのは、本作でベネチア国際映画祭女優賞を受賞し、絶賛されている名女優シャーロット・ランプリング。アンドレア・パラオロ監督にとってはミューズ的な存在だったそうですが、最初からシャーロットにアンナを演じて欲しいという思いが頭にあり、脚本も当て書きしたという。
今回はパラオロ監督にもじっくり話を聞くことができました。「シャーロットとは撮影前からこの役について話し合い、一緒に作り上げていった」とその期間はなんと2年半。「彼女との仕事は、僕のキャリアのなかでも最高のハイライト」とパラオロ監督。喜びを隠せない監督は、撮影中もシャーロットが見せる勇気、決意、エレガントさ、そして心の広さというものに毎日感服していたのだとか。まさにその言葉通り、表情とたたずまいだけですべてを物語ってしまうシャーロットの演技には、誰もが引き込まれてしまうはずです。
女性の内面に迫るこん身の人間ドラマ
説明過多な作品が多いなか、本作では夫の罪を明確にしないなど、あえて説明をそぎ落として描かれています。このような手法を取った裏にある狙いについてパラオロ監督は、「あくまでも映画の核心はアンナの内面。夫の罪に気を取られてしまわないようにしたかったから」だといいます。さらに、「女性の内なる世界を追求していくような物語だからこそ、言葉で説明するのでない形で冗舌に見せたかった」とも語っています。
一貫して静かな映画でありながら、見る者の心のなかにはあらゆる問いが湧き上がるため、感情的には激しく揺さぶられる本作。まさにそれは監督の狙い通りでもありますが、監督にとって一番の問いは、「何十年も寄り添ってきた相手に極端ともいえるような不測の事態が起き、すべてが変わってしまったら、人はどうなってしまうのか」ということだったそう。
つまり、「相手や世界への見方だけでなく、自分に対する見方すら変わるのではないかというのを模索したかった。この作品は、個人のアイデンティティーと夫婦としてのアイデンティティーとの境界線についての映画なんです」と付け加えています。
1982年、イタリア・トレント生まれ。2009年にショートフィルムで監督デビューをはたしたのち、「Medeas」(13/未)で長編作品をはじめて手掛け、数々の賞を受賞する。2013年から15年までは、ニューヨーク州サラトガ・スプリングズにあるアーティスト・イン・レジデンス(芸術家村)であるヤドーで活動。本作は長編2作目であり、彼が構想している女性映画三部作の第一作である。
異国で働くうえで意識していることとは?
現在、アメリカを拠点に活動しているパラオロ監督ですが、海外で仕事をするうえで大事にしているのは、周りの人がどう思っているかということや社会が押し付けてくるものに惑わされることなく、自分が誰であるかを見いだそうする姿勢。日本の女性たちにも、この作品を通じて伝えたい思いがあると最後にメッセージをもらいました。
「まずは、自分独自の視点というものを大切にして欲しいということ。そして、この作品を見て、自分のなかでいろんな問いかけをしてもらいたいと思いますし、人生においての人間関係や自分自身の道のり、さらにそれらが自分のアイデンティティーにどういう影響を与えているのか、といったことを考えるきっかけになったらうれしいです」
人生に対する思いを考えずにはいられない秀逸なラストシーン。そのなかで見せるアンナの後ろ姿に、どんな絶望のなかでも、人は「ともしび」のような希望を見出し、生き直す力が誰にでもあるものだと感じさせてくれるはずです。
監督・脚本:アンドレア・パラオロ
出演:シャーロット・ランプリング、アンドレ・ウィルムほか
配給:彩プロ
2月2日(土)シネスイッチ銀座ほか全国公開
【ストーリー】
ベルギーとある街に暮らすアンナ。ある日、罪を犯した夫が警察に出頭し、そのまま収監されてしまう。それでも、アンナの生活には大きな変化はないように思われていた。しかし、徐々に狂いはじめた歯車は元には戻せないところまできていたのだった……。
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