証券業界の女性、連携で働き方探る 時間単位の有休も
証券業界を挙げて女性の活躍推進を目指す取り組みが始まった。生え抜きの女性役員が活躍する企業がある一方で、業界全体では男社会のイメージが残り、施策の会社間の差は大きい。第1弾として各社の女性を集め、ネットワークを構築するイベントを開催。各社独自の取り組みも進む。生き生きと働く女性を後押しする動きを追った。
会社の垣根を越え、業界で取り組み開始
「うちは育児休業などの制度を活用する実績が少ない。積極的に取ることから始めたい」「育児で出社できない日があると、周囲にしわ寄せがいかないか不安。御社の在宅勤務の仕組みは?」
2018年10月4日、都内で開いた「証券 Women's Network」は証券各社の女性社員が一堂に会し、お互いの社内制度の点検や働き方の工夫について議論した。入社7年目以上の管理職・管理職候補の女性社員ら100人以上が集結。5、6人に分かれ、女性の活躍をめぐる討論もあった。「育児休業を思うように取れない」といった悩み、働き続けるために役立つ仕組みについてなど、熱い意見交換が続いた。
「会社の垣根を越えて集まるセミナーは初。横のつながりができれば、女性の活躍に何が必要かの気づきが生まれるはず」。呼びかけ人となった日本証券業協会(日証協)の鈴木茂晴会長は強調する。
鈴木会長は大和証券グループ本社の社長時代、全国の支店を回り、優秀な女性社員が力を発揮できずにいると痛感。有給休暇を取りやすくする施策が重要だとして改革した。同グループでは09年に女性役員が4人同時に誕生した。
17年に日証協会長に就任後は国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」に沿う形で協会に「働き方改革そして女性活躍支援分科会」を設けた。投資の世界ではSDGsにつながる女性の活躍銘柄を集めた商品もある。株式売買の取り次ぎから資産管理型ビジネスへと収益構造が変化。営業現場や調査部隊で顧客らと良い関係を築く人材として女性への期待は高い。各社の取り組みが進む。
管理者育成へ海外研修
ドイツ証券は女性社員が管理職として意欲を高めるよう、研修に力を注ぐ。ホールセール営業部で部長を務める本山玲さん(40)は昇進後の15年、グループが約10カ国から50人ほどを集めたフランスでの1週間の研修に参加した。
大学院の講師を中心に英サッチャー元首相がどんな手法でマネジメントしたか議論したり、先輩が家庭と仕事をどう両立したか経験談を聞いたり。「悩みや課題の克服の仕方を共有することで、新しいことに挑戦し続けることへの自信になった」と本山さん。
03年に入社し、2度育休を取ったが、職場から離れた際の上司や同僚の支援はありがたかった。今は産休を取る女性の仕事を部下の男性が引き継いでいる。「あなたがサポートしているのを見ている。上積みで評価する」と部下に伝えることを学んだ。モチベーション向上と、産休・育休明けの復帰後に働きやすい環境をつくりたいと考える。
夫の転勤で会社を辞める危機を迎えたやる気のある女性社員を、働き続けられるようにしたのが大和証券グループだ。山田雪乃さん(46)は大和証券の投資情報部兼金融市場調査部でシニアストラテジストを務める。他社に勤める夫のシンガポール転勤が決まったのは10年のこと。山田さんは債券などを調査する部署にいたが、「夫について行くには、会社を辞めざるをえないか」と悩んでいた。
当時の職場は夫の赴任地に拠点がなかった。「現地で働く道はないか」。上司が会社に掛け合い、グループ間をまたぐ異動が実現。「好きなだけ働くことができた。海外の第一線での経験が、今の市場調査の仕事にも役立っている」と山田さんは話す。
「男性優位」のイメージ払拭が急務
野村証券は18年10月、1時間単位で有給休暇を取れる制度を導入した。子どもの体調不良などで会社を数時間だけ離れたくても、離れられない女性社員は多い。短時間でも休みを取れれば家庭生活との両立でめりはりが付く。
出産・復帰経験のある女性社員で外国為替アナリストの郭穎(カク・エイ、39)さんは期待を込める。「子どもの急な発熱や看病で時間はとられる。仕事が思い通りに進まず、分析リポートが半年で1本しか書けない経験はつらかった。新制度で柔軟な勤務ができれば、女性が働き続けるのに役立つ」と話す。
日証協によると17年の協会会員企業の女性職員の比率は約37%。女性管理職比率(課長職以上)は11.7%だ。女性の育成は着実に進む。ただ会員264社の調査では、会社の規模等によっては「人手不足もあって女性の活躍まで施策がとれない」などの声が出ており、取り組みには差があることが分かった。
日証協は3月までに女性たちの横断的な会合を大阪、名古屋でも開催予定。また管理職向けに女性の活躍セミナーを東阪名の3都市で開く。さらに働き方の事例集を各社で共有する計画だ。業界を挙げての対応を広げる。
就職情報サイト「マイナビ」の高橋誠人編集長は「証券業界は学生に『男性優位の職場ではないか』というイメージをもたれがち」と指摘する。優秀な人材の確保にはこのイメージの払拭が急務。課題の異なる各社が足並みをそろえることは難しいが、横のつながりが女性の活躍を加速させる可能性は高い。
挑戦しやすい環境を ~取材を終えて~
日証協が主催したイベント「証券 Women's Network」では、力強く生きる女性たちの姿が印象的だった。3人の子を育て働くシングルマザー。仕事でのモットーは「チャンスがきたら、はいかYES」と語る女性。仕事や家庭の環境はそれぞれ違えど、前向きな姿勢を応援できるように企業は働きやすい環境の整備を進めるべきだと感じる。
SMBC日興証券で企業分析を担当するアナリスト、佐藤有さん(32)は「手をあげれば、男女問わず挑戦できる開かれた環境が、自身の成長につながっている」と話す。一方でイベントでは、「いまだに重要な役職は女性に任せられていないのでは」との声もあがっていた。市場そのものも、金融商品もめまぐるしく変化する証券業界。性別に関係なく働ける仕組み作りや意識改革など、もう一歩踏み出すための土壌づくりは始まったばかりだ。
(伴和砂)
[日本経済新聞朝刊2019年1月28日付]
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