認知症研究、妻・娘としての経験生かす 木下彩栄さん京大医学部教授(折れないキャリア)

脳科学の研究者として認知症の解明に挑み、医師として患者や家族へのより良いサポートを模索する。2025年には国内の認知症患者が700万人を超えるとされる。「楽しみながらやりたいことを見つけ、今につながった。勘がさえていた」と自負する。

きのした・あやえ 京都大医学部で認知症の病態や在宅看護を研究。医師として同大学病院の「物忘れ外来」なども担当。54歳。

手塚治虫の「ブラック・ジャック」で医学に憧れた。「医者になったら嫁に行けない」との声も聞こえたが、教育熱心だった亡き父が「女性もしっかり勉強しなさい」と背中を押した。

京都大医学部の入学時、新入生120人のうち女子は6人。脳の難病治療を追究したいと、卒業後は神経内科へ進んだ。25歳で大学の同級生と結婚。夫が転勤するたび新天地で仕事を探し、悔しい思いをした。

当時は女性医師がごく少数派だった。病院の常勤職や大学で有給の研究職のチャンスが巡ってくるたび、「あなたは女性だから」と言われ、ポストを得るのは男性医師が優先。「男性は家計を担わないといけない」という理由だった。

結婚から約10年後の34歳で第1子を出産。生後4カ月の長男を抱えて夫の赴任先である米国へ渡り、夫と同じハーバード大へ。認知症を引き起こすアルツハイマー病の研究室に入った。アルツハイマー病は、生活習慣と密接に関わる。帰国後の京大ではマウスを使った実験で、運動や食事制限が予防効果を高めることを立証した。

一方、病院と家庭を結ぶテレビ電話などIT(情報技術)システム作りに力を入れる。デザイナーや作業療法士と連携し、認知症の人が使いやすい家電製品のボタン、文字を読みやすい時計を開発する。「女性としての経験は全て生きている」。介護を担う女性は多く、妻や嫁、娘それぞれの思いが分かる。自分自身も父親を見送った。

研究室に子育て中の研究者が多く、「子宝ラボ」と呼ばれるほど。夫の単身赴任は10年以上続いており、ベビーシッターの手を借りて2人の子育てと仕事を両立した経験は後輩へのアドバイスに生きる。

医師の世界ではいまだに女性が働き続けにくい環境がある。「女性医師自身が『子育ては女性の仕事』との意識から抜け切れていない」とみる。「目標を持ち、そのときどきを楽しみながらキャリアを伸ばして」とエールを送る。

(聞き手は松浦奈美)

[日本経済新聞朝刊2019年1月28日付]