自己主張は嫌われる? 女性が直面する交渉のジレンマ
人生100年時代のキャリアとワークスタイル
「こんな仕事をしたい」「こんなポジションにチャレンジしたい」「自分の能力に見合った給与をもらいたい」……。そう思いながらもなぜか女性はそうした主張をためらうことが多いようです。なぜ女性は自己主張が苦手なのか。なぜ自分の立場を有利にする交渉ができないのか。交渉できる女性になるためには何が必要なのか。人事労務コンサルタントで社会保険労務士の佐佐木由美子さんが解説します。
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働く女性たちと話をしていると、時々「もったいない」と思うことがあります。それは、肝心な場面で交渉を避けようとしてしまうこと。なぜ女性はうまく自分の意見が伝えられないのでしょうか。
なぜ女性は自己主張をためらうのか
職場では、採用面接や人事考課の際に、給与やポジションなど自分自身の労働条件について話し合う場面があります。そうしたときに、男性は自分の能力をアピールして交渉する傾向があるのに対し、女性はあまり交渉をしたがりません。
それは日本ばかりではありません。米国で行われたある調査では、カーネギーメロン大学の経営学修士取得者のうち、女性の93パーセントは雇用主から最初に提示された報酬額をそのまま受け入れたのに対し、男性は最初の金額をそのまま受け入れた人は43パーセントにすぎなかったのです。そのため、男性の初任給は女性よりも8パーセント近く高い結果となりました。
いったいなぜでしょうか? 女性は本能的に「自己主張する女性は嫌われる」と思っている節があります。男性であれば、積極的に自分の意見を主張することで評価されるのに対し、女性の場合は必ずしも好ましい結果をもたらすとは限らないことを知っているからです。むしろ、「口うるさい」「攻撃的だ」とやっかいに思われて、評価を落とすリスクさえはらんでいます。そうしたことを、過去の体験において、女性たちは感じ取っているのではないでしょうか。
私は仕事柄、人事担当者や経営者と話す機会が多いのですが、採用面接などの場面で、労働条件や人事制度などに関して積極的に質問をする女性応募者に対して、面接者が男性の場合、あまり高い評価を下していない傾向があるように感じています。給与といえば、主要な労働条件の一つですが、女性が交渉でもしようものなら、「生意気」だと感じてしまうこともあるようです。男性であれば、給与想定額のバッファをある程度見込んで面接に臨むものの、女性の場合はそうではないことが多いように感じられます。
無意識のジェンダーバイアスが女性を悩ませる
これには、無意識のジェンダーバイアスが関係していると考えます。たとえば「女性は優しい。控えめだ」「男性は力強い。積極的だ」などといった無意識のバイアスを持ち合わせていれば、たとえ有能な人材であっても、「交渉する女性」は好ましいとは感じられないかもしれません。女性たちも同じようにステレオタイプのバイアスをもっています。そのため、自分の身を守るために、自然と交渉を控えてしまうのではないでしょうか。
フランスの哲学者シモーヌ・ド・ボーヴォワールが、著書「第二の性」で「人は女に生まれない。女になるのだ」と記したとおり、幼少から生活していく過程の中で「女性らしさ」を身に付けていったと考えられます。そうすることがある意味、処世術でもあったのです。
一方で、女性たちは自分に自信が持てないことが多い、という見方もあります。周囲から高く評価されても、「自分にはそのような能力はない」「評価されるに値しない」と自己を過小評価してしまうのです。こうした反応は「インポスター症候群」ともいわれます。
米フェイスブックの最高執行責任者(COO)で「LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲」の著者であるシェリル・サンドバーグ氏でさえ、インポスター症候群に苦しめられたと告白しています。
ジレンマを脱するために目線を変えてみる
「本当はこんな仕事がしてみたい」「このポジションにチャレンジしてみたい」など、意欲的な意見を女性たちから聞くとき、「そう言ってみたら?」と素直に声をかけます。でも、返ってくるのは渋い返事ばかり。伝えてみたい思いと、どうせ無理だろうという諦めの思いが、その表情から感じ取れます。
そのようなときに、「言い方を工夫してみる」ことを勧めています。「私はこうしたい、こうありたい」という自分目線の物言いをやめることです。女性の場合、そうした発言は「意欲的」と見られるよりは、残念ながら「強い自己主張」や「わがまま」と捉えられかねません。それでは、むしろマイナスに働いてしまう可能性があります。
普段、組織の中にいると、下から上を眺めていることが多いのではないでしょうか。その逆、つまり自分が経営者になったつもりで、俯瞰(ふかん)的にマネジメント思考をしてみるのです。すると、同じ組織でも見え方がガラリと変わります。「組織にとって、こうあることがより成長につながる」「そのとき自分は組織にこのような貢献ができる」など、組織・会社の発展という目線で話してみるのです。上司の立場であれば、そういった会話に抵抗がありません。むしろ、「マネジメント意識をもって仕事をしている」と関心を持って話を聞いてくれるでしょう。俯瞰的に組織を眺め、マネジメント思考でいれば、仕事や役割の幅も自然と広がっていきます。
「交渉は苦手だから、つい受け入れてしまう」「言いたいことが言葉にできない」とジレンマに陥っているなら、発想を転換してみましょう。自分のことだと思うと、女性はつい遠慮しがちです。目線を変えて、組織のため、メンバーのために、この話し合いには意味があると思えると、ずっと気持ちが楽になります。組織を大切にする姿勢を前面に出しながら、組織の一員として私自身はこう考えますが……と、しなやかに気持ちを伝えてみるのです。そうすれば、「自己主張をしているわがままな女性」という印象を持たれずに、自分の気持ちも伝えられるのではないでしょうか。
人事労務コンサルタント・社会保険労務士。中央大学大学院戦略経営研究科修了(MBA)。米国企業日本法人を退職後、社会保険労務士事務所などに勤務。2005年3月、グレース・パートナーズ社労士事務所を開設し、現在に至る。女性の雇用問題に力を注ぎ、働く女性のための情報共有サロン「サロン・ド・グレース」を主宰。著書に「採用と雇用するときの労務管理と社会保険の手続きがまるごとわかる本」をはじめ、新聞・雑誌などで活躍。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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