100年前から、中島会長の背後にある「家庭の食卓」の絵画などを使って、商品のイメージを宣伝してきた

--新商品について詳細などが決まらないうちに、まずブランドを打ち出すという強いブランドへのこだわりが、キユーピーの100年を築いてきたのですね。

広告宣伝をすごくやったんです。新聞などを使いましたね。売り上げの2倍とはいかないけれど、売り上げより多い金額を使っていました。董一郎は変わっていたのでしょうね。優れていたとは決して言えませんが、そのおかげで100年続けてこられたのは確かです。

董一郎が広告宣伝にこれだけお金を投じるようになったきっかけは、米国であるポスターを見たことだと聞いています。コダックやケロッグなどの宣伝ポスターなのですが、家族のだんらんや、楽しく食卓を囲む様子などが描かれ、「このブランドの商品があるとこんなに素晴らしい生活ができる」と感じさせるものでした。

今の米国ではあまり見ませんが、アジア諸国では今でも高速道路で走る車から見える大きな看板に描かれています。董一郎はこうしたポスターを見て、「ブランディングは商品を世の中に浸透させるための強力な武器になる」と思ったそうです。その食品の味でも価格でもなく、その食品のおかげで得られる世界観を伝えることが重要なわけです。

だから当社では、広告宣伝は経費ではなく投資だという考えですよ。もちろん、経理的には販促費ですけど、発想は投資なんです。一定の予算を毎年もらって、着実に販促活動を全うしています。キユーピーマヨネーズには、健康訴求の亜麻仁油マヨネーズや、コレステロールゼロのマヨネーズといったいろいろな派生商品を出していますが、広告宣伝では、個別商品の広告はあまり展開していません。比較的多く広告宣伝費をかけているのはキユーピーマヨネーズ全体の世界観を伝えるものです。価値ある新鮮な野菜を皆さんに楽しんでもらう、そのお手伝いをさせていただくのがキユーピーマヨネーズなんです……。そういうところにブランディングを徹底させています。

--キユーピーマヨネーズはブランドありきだったことが分かりました。でも具体的に、味はどう作り、食べ方はどう提案してきたのでしょうか。

確かにブランド認知を強力に推し進めたので、キユーピーマヨネーズというものが家庭に浸透はしました。しかし、使い方が分からないため、そして当時は瓶入りだったため、ポマードのようなものだと思い、髪の毛に塗ったという話も伝わっています(笑)。発売当初は、中島商店が水産缶詰の会社だったので、マヨネーズといっしょにオイル漬け缶詰のサバ、サケ、カニなどを食べることを提案しました。水産缶詰は当時安かったですし。

ただ、戦前はものすごく苦労したらしいです。戦後も一時、原料調達ができなくて中断したときがあったらしい。マヨネーズの材料は、卵や油の調達が難しかったといいます。もっとも、戦後に生産を再開したときは、作れば作るほど売れたそうです。やっと、ブランドに実体が追いついたということでしょうか

--次回は、マヨラーの出現などマヨネーズにかかわる近年の動向や、キユーピーの今後の展開についてお聞きします。

中島周(なかしま あまね)
1959年生まれ。1983年早稲田大学政治経済学部卒業。1983年日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、1989年米国コーネル大学経営大学院修了、1993年同行退職。1993年中島董商店入社、1997年キユーピー取締役、2005年同常務CSR担当、2010年中島董商店社長(現任)、2014年キユーピー専務 ブランド・コンプライアンス担当、2016年同会長 ブランド・コンプライアンス担当(現任)。

(中野栄子)

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