ブック

ブックコラム

『FACTFULNESS』著者に聞く 世界を正しく見る習慣 アンナ・ロスリング・ロンランド氏×堀正岳氏(上)

2019/1/31

今回は18年夏に来日したアンナ・ロスリング氏に『FACTFULNESS』を通して日本の読者に伝えたいメッセージと、執筆にまつわるエピソードについて伺いました。

×  ×  ×

■世界を素直に見ることで、日本の現状も見えてくる

 『FACTFULNESS』を開いて最初に目にするのは、世界の現状について読者の理解を試す13の質問です。ここで読者はまず世界がどれだけ豊かで、安全になっているかについて、思い込みの呪縛から開放されてあっと驚くことになるのですが、そうした反応は先進国と、本書で言うところのレベル2(1日の収入が4ドル程度)、レベル3(1日の収入が16ドルほど)の国の人々とに共通していましたか?

アンナ・ロスリング・ロンランド氏は18年夏に来日した

アンナ それはもう、一貫していました。本書で紹介した世界は先進国と後進国から成り立っていると思い込む「分断本能」や、世界は悪くなりつつあると悲観的になる「ネガティブ本能」も、立場の違うさまざまな国や人種や言語を越えて、すべての人に共通していたのです。

 この本ではグローバルな視点を主に扱っていますが、例えば日本国内における相対的な貧困といった視点で読み解くことも可能でしょうか?

アンナ もちろんです。私たちがグローバルな社会データを使った理由はそれがもっとも手軽で利用しやすかったからでもありますが、もう一つの理由はデータは地域になればなるほど、その場所の政治的な色合いを増してくるからでもあります。例えばスウェーデンで移民について語ることは、その話題を提起すること自体が既にして政治的なステートメントになってしまう傾向があります。

あえてグローバルなデータに着目することによって、こうしたデータがもたらす政治性を脱却し、純粋にデータに対する認識について話題にすることができました。しかし本書で学んだことは、それぞれの国に焼き直して解釈することも可能でしょう。例えば日本がいわゆる先進国で、所得の高い「レベル4」(1日の収入が32ドル以上)の国だからといって、国民全員が同じ豊かさを享受しているのではなく、一部の人は「レベル3」と同じ程度にとどまっている、といった議論が可能になるはずです。

■ファクトが軽視される時代に対抗する方法

 アメリカの政治の話題を追っていると、たびたび「それは事実(ファクト)ではなく、君の意見(オピニオン)に過ぎない」と、事実や議論に向き合わない態度を目にすることがあります。こうした「ファクト」を軽視するような人々と、私たちはどのように向き合えばよいとお考えですか?

アンナ ハンスは本の中でも繰り返し「私の事実とあなたの事実を戦わせるのではなく、事実に対する謙虚な態度と、純粋な好奇心が重要だ」と説いています。世界が発展し、情報が多くなるにしたがって、私たちが手にすることができる「ファクト」の量は膨大なものになりました。しかしそうした情報をどのように扱うのが正しいのかという、情報社会の新しい慣習はまだまだ未成熟な段階にあるといっていいのです。

以前は、学者やジャーナリストといったエリートが情報を管理していました。しかしすべての人に情報が可視化され、以前は情報と無縁だった「レベル1」「レベル2」の国の人々が発展してくるにしたがって、世界中の人々がいかにして膨大な「ファクト」と向き合い、合意を形成するかという問題が短期的には生じるでしょう。

ブック 新着記事

ALL CHANNEL